2σ Guide

権利行使期間と在籍要件を
ストックオプション実務で整理する

新株予約権・ストックオプションで退職後行使、税制適格、ベスティング、上場準備、M&A対応が絡む場面を、制度設計から紛争予防まで一体で確認します。

2年税制適格SOの行使開始目安
10年/15年通常期間と一定会社の延長枠
90日退職後短期猶予の典型例
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権利行使期間と在籍要件を ストックオプション実務で整理する

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

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権利行使期間と在籍要件を ストックオプション実務で整理する
制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
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2σ GUIDE ・ VIDEO

  • 権利行使期間と在籍要件を ストックオプション実務で整理する
  • 制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

POINT 1

  • はじめに ― なぜ「権利行使期間と在籍要件」は紛争になりやすいのか
  • 制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 期間は必要条件
  • 退職区分が結論を分ける
  • 発行時から運用まで一体化

POINT 2

  • 権利行使期間と在籍要件 ― 用語の定義 ― まず何を議論しているのか
  • 制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 2.1 新株予約権とは
  • 2.2 権利行使期間とは
  • 2.3 在籍要件とは

POINT 3

  • 権利行使期間と在籍要件 ― 会社法上の基本構造
  • 制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 3.1 新株予約権の内容として定める事項
  • 3.2 募集事項の決定
  • 3.3 新株予約権の行使

POINT 4

  • 権利行使期間と在籍要件 ― 税制適格ストックオプションと権利行使期間
  • 制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 4.1 税制適格ストックオプションとは
  • 4.2 税制適格要件としての権利行使期間
  • 4.3 税制適格ストックオプションと在籍要件

POINT 5

  • 「権利行使期間と在籍要件」の関係を図式化する
  • 制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 5.1 基本モデル
  • 5.2 権利行使期間内でも行使できない典型例
  • 5.3 権利行使期間外でも在籍していればよいわけではない

POINT 6

  • 権利行使期間と在籍要件 ― 在籍要件を置く理由と、置かない理由
  • 制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 6.1 在籍要件を置く理由
  • 6.2 在籍要件を置かない、または緩和する理由
  • 6.3 実務上の結論

POINT 7

  • 権利行使期間と在籍要件 ― 条項設計の実務ポイント
  • 制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 7.1 「在籍」の範囲を明確にする
  • 7.2 判定時点を明確にする
  • 7.3 退職区分を整理する

POINT 8

  • 権利行使期間と在籍要件 ― 退職者対応 ― 会社側と権利者側のチェックポイント
  • 制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 8.1 会社側の退職時チェックリスト
  • 8.2 権利者側の退職前チェックリスト
  • 退職者がストックオプションを保有している場合、会社側は退職手続と同時に次を確認します。

まとめ

  • 権利行使期間と在籍要件を ストックオプション実務で整理する
  • はじめに ― なぜ「権利行使期間と在籍要件」は紛争になりやすいのか:制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 権利行使期間と在籍要件 ― 用語の定義 ― まず何を議論しているのか:制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 権利行使期間と在籍要件 ― 会社法上の基本構造:制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。
  • 本動画は一般的な情報提供であり、法律上の助言ではありません。記載の数値・金額・期間は目安です。個別事情で結論は変わります。
Overview

はじめに ― なぜ「権利行使期間と在籍要件」は紛争になりやすいのか

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

次の重要ポイントは、制度設計で何を分けて確認すべきかを示します。短い条項でも、会社法上の内容、税制適格要件、契約上の地位条件、退職後の例外が重なるため、各項目の違いを読み取ることが重要です。

POINT 01

期間は必要条件

権利行使期間内であることは出発点ですが、それだけで行使できるとは限りません。

POINT 02

退職区分が結論を分ける

自己都合、会社都合、定年、死亡、懲戒、競業転職を分けて検討します。

POINT 03

発行時から運用まで一体化

発行要項、割当契約、議事録、登記、税務資料、管理台帳をそろえます。

「権利行使期間と在籍要件」は、一見すると単純な言葉です。

権利行使期間とは、文字どおり「その権利を行使できる期間」です。在籍要件とは、会社に在籍していること、または取締役、監査役、従業員、執行役員、顧問、グループ会社役職員など一定の地位にあることを、権利行使の条件にすることです。

しかし、実務上は次のような問題が頻発します。

  • 権利行使期間内なのに、退職したためストックオプションを行使できないと言われた。
  • 退職勧奨や会社都合退職の場合でも、在籍要件により権利が消えるのか。
  • 税制適格ストックオプションでは、退職後の権利行使は認められるのか。
  • 権利行使期間を10年または15年にしているのに、在籍要件が厳しすぎて制度のインセンティブ機能が失われていないか。
  • M&A、IPO、グループ会社への転籍、休職、死亡、定年、任期満了の場合にどう扱うべきか。
  • 発行後に在籍要件を緩和・変更できるのか。
  • 退職者が大量に未行使の新株予約権を持ち続けると、資本政策や上場準備にどのような影響が出るのか。

このように、権利行使期間と在籍要件は、単なる期限管理ではなく、会社法、税法、労務、会計、登記、資本政策、ガバナンス、採用戦略、退職者対応を横断する論点です。

特にスタートアップやIPO準備会社では、ストックオプションが人材獲得・リテンション・モチベーション設計の重要な道具になります。一方で、制度設計が曖昧ですと、退職時、上場直前、M&A時、行使請求時に深刻な紛争が起きます。したがって、「権利行使期間と在籍要件」は、発行時から精密に設計し、社内説明、契約文言、決議、管理台帳、退職時処理まで一貫させる必要があります。

Section 01

権利行使期間と在籍要件 ― 用語の定義 ― まず何を議論しているのか

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

2.1 新株予約権とは

会社法上、新株予約権とは、株式会社に対して行使することにより、その株式会社の株式の交付を受けることができる権利です。会社法2条21号は、新株予約権をこのような権利として定義しています。

ストックオプションは、一般に、役員・従業員・外部協力者等に対して、将来一定の価格で株式を取得できる権利を付与する制度です。法的には、多くの場合、新株予約権を用いて設計されます。ストックオプションという言葉は実務用語であり、会社法上の中心概念は新株予約権です。

2.2 権利行使期間とは

権利行使期間とは、新株予約権者が新株予約権を行使できる期間です。会社法236条1項4号は、新株予約権を発行するときに、「当該新株予約権を行使することができる期間」を新株予約権の内容として定めなければならないとしています。

したがって、権利行使期間は任意の説明事項ではありません。新株予約権の中核的な内容であり、会社の発行決議、募集事項、割当契約、登記・管理、税務、会計、開示、資本政策に影響します。

典型例は次のような文言です。

本新株予約権を行使することができる期間は、20XX年X月X日から20YY年Y月Y日までとします。

ここで重要なのは、権利行使期間は「行使できる可能性のあるカレンダー上の期間」を示すにすぎないことが多い、という点です。期間内であっても、別途定められた行使条件を満たさなければ行使できません。

2.3 在籍要件とは

在籍要件とは、権利行使時または権利確定時に、権利者が会社またはグループ会社の一定の地位にあることを要求する条件です。「在職要件」「地位要件」「行使時在籍条件」「継続勤務条件」と呼ばれることもあります。

典型例は次のような文言です。

新株予約権者は、権利行使時において、当社または当社子会社の取締役、監査役、執行役員または従業員の地位にあることを要します。ただし、任期満了、定年退職、会社都合退職その他当社取締役会が正当な理由があると認めた場合はこの限りではありません。

在籍要件は、ストックオプションの目的と深く関係します。ストックオプションは、単なる贈与ではなく、会社の成長に貢献する人材に対し、将来の企業価値向上に連動した経済的利益を与える制度です。そのため、会社は「一定期間は会社に残って貢献してほしい」「辞めた人に会社の将来価値を広く残したくない」「競合に移った者には権利を残したくない」と考えることがあります。これが在籍要件の実務上の根拠です。

一方で、近年は、退職者の過去の貢献に報いる設計、グローバル人材採用との整合性、長期化するIPOまでの期間、雇用流動性を踏まえ、退職後も一定範囲で権利行使を認める設計も増えています。経済産業省のインセンティブ報酬ガイダンスも、退職後に行使可能とする設計が近年増えていること、退職後も権利を残すメリットと実務負担の双方を検討する必要があることを示しています。

2.4 ベスティング、クリフ、権利行使期間、在籍要件の違い

混同されやすい概念として、ベスティングとクリフがあります。

ベスティングとは、一定期間の経過や条件達成に応じて、付与されたストックオプションの全部または一部が段階的に行使可能になる仕組みです。たとえば、入社日から1年ごとに25%ずつ権利確定する設計があります。

クリフとは、一定期間はまったく権利が確定しない、または行使できない期間です。たとえば、入社後1年未満で退職した場合は何も残らず、1年経過時に25%が権利確定する設計です。

権利行使期間は、会社法上定める「行使可能な期間」です。 在籍要件は、その期間内にさらに要求される「地位に関する条件」です。 ベスティングは、付与された数量のうち「どの時点でどれだけ行使可能になるか」を決める設計です。 クリフは、一定期間までは行使できない、または確定しないという初期の制限です。

したがって、次のような設計も考えられます。

権利行使期間は付与決議日後2年を経過した日から10年を経過する日まで。ただし、入社日から4年間で25%ずつベスティングし、権利行使時に当社または当社子会社の役職員であることを要します。退職後は、ベスティング済みの部分について、退職日から90日以内かつ権利行使期間内に限り行使できます。

この設計では、同じ「権利行使期間と在籍要件」という言葉の中に、税務上の期間、会社法上の期間、契約上の地位条件、ベスティング、退職後猶予期間が重層的に入っています。

Section 02

権利行使期間と在籍要件 ― 会社法上の基本構造

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

3.1 新株予約権の内容として定める事項

会社法236条1項は、株式会社が新株予約権を発行するとき、新株予約権の目的である株式数、行使時に出資される財産の価額、権利行使期間、資本金・資本準備金に関する事項、譲渡承認、取得条項等を新株予約権の内容として定めるべき事項として列挙しています。

ここで注意すべき点は、会社法236条1項は「在籍要件」という言葉をそのまま列挙しているわけではないということです。しかし、実務上は、新株予約権の行使条件として、在籍要件、上場要件、業績要件、M&A要件、相続制限、競業禁止違反時の失権などを定めることが広く行われています。

在籍要件をどこに位置付けるかは重要です。

  1. 新株予約権の内容そのものとして定める場合
  2. 割当契約・引受契約上の債権的条件として定める場合
  3. 新株予約権の内容と契約条項の双方で定める場合

この違いは、発行後の変更手続、登記、税務、紛争時の解釈に影響します。実務資料でも、割当契約書の内容として債権的に行使条件を定めているだけであれば変更契約等で対応する余地がある一方、新株予約権の内容として定めた行使条件や取得条項を変更する場合には、発行決議機関による変更決議や新株予約権者全員の同意等が問題になると説明されています。

3.2 募集事項の決定

会社法238条1項は、募集新株予約権を引き受ける者の募集をするとき、募集新株予約権の内容および数、払込の要否、払込金額、割当日等の募集事項を定めなければならないとしています。

ストックオプションの発行では、株主総会または取締役会でこれらの事項を決定し、割当契約を締結し、対象者に通知・説明します。非公開会社、公開会社、有利発行、取締役報酬、税制適格、社外高度人材、ストックオプション・プール等により、必要な決議・手続は異なります。

権利行使期間と在籍要件を検討する際には、単に契約書の一文を見るのではなく、次の資料を突合する必要があります。

  • 株主総会議事録
  • 取締役会議事録
  • 募集事項決定書
  • 新株予約権発行要項
  • 割当契約書または引受契約書
  • 税制適格ストックオプションに関する契約書・誓約書
  • 新株予約権原簿・管理台帳
  • 登記事項
  • 退職合意書、退職勧奨通知書、離職証明書
  • 上場準備資料、資本政策表、株主間契約
  • M&A契約、組織再編契約

3.3 新株予約権の行使

会社法280条は、新株予約権の行使について、行使する新株予約権の内容および数、行使日を明らかにして行うことを定めています。

また、金銭を行使時の出資とする場合には、行使日に全額を払い込むことが必要です。行使により株式を取得する時点、払込日、株主となる時点、株主名簿記載、源泉徴収・税務処理、証券会社または発行会社による株式管理などを正確に管理しなければなりません。

在籍要件がある場合、会社は行使請求を受けた時点で、少なくとも次の点を確認します。

  • 行使日は権利行使期間内か。
  • 権利者は行使時点で必要な地位にあるか。
  • 退職済みの場合、例外条項の対象か。
  • 取締役会承認が必要な場合、承認決議があるか。
  • ベスティング済み数量の範囲内か。
  • 行使可能数量、行使価額、年間行使限度、払込方法が正しいか。
  • 譲渡禁止・相続制限・競業禁止・反社条項違反がないか。
  • 税制適格要件を維持できるか。

3.4 行使できなくなった場合の消滅

会社法287条は、新株予約権者がその有する新株予約権を行使することができなくなったときは、当該新株予約権は消滅すると定めています。

したがって、権利行使期間が満了した場合や、在籍要件を満たさず例外もないため将来にわたり行使できない場合には、新株予約権が消滅することが問題となります。実務上は、退職により行使条件を満たさなくなった場合に変更登記や新株予約権原簿の管理が問題になることがあります。

ただし、「退職したら必ず即時消滅」と単純化してはなりません。次のような条項がある場合、解釈は変わります。

  • 会社都合退職の場合は行使可能
  • 定年退職・任期満了の場合は行使可能
  • 退職後90日以内は行使可能
  • 取締役会が正当な理由を認めた場合は行使可能
  • ベスティング済み部分は退職後も残る
  • 上場後のみ退職後行使を認める
  • 競合転職・懲戒解雇・秘密保持違反の場合のみ消滅
  • 死亡時は相続人が一定期間行使できる

会社法287条の「行使することができなくなった」かどうかは、発行要項・割当契約・例外条項を丁寧に読んで判断する必要があります。

Section 03

権利行使期間と在籍要件 ― 税制適格ストックオプションと権利行使期間

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

次の比較表は、税制適格ストックオプションの行使期間と年間行使価額に関する主要数値を整理したものです。数字は設計上の制約を表すため、会社法上の行使期間、契約上の在籍要件、年間限度がどう重なるかを読み取る必要があります。

項目数値・時期意味
行使開始付与決議の日後2年を経過した日以後早すぎる行使開始は税制適格要件と整合しません。
通常の期限付与決議の日後10年を経過する日まで会社法上の期間を税制要件内に収めます。
一定の非上場会社等最長15年令和5年度改正で延長余地があります。
年間限度2,400万円・3,600万円令和6年度改正後の行使タイミング管理に影響します。

4.1 税制適格ストックオプションとは

税制適格ストックオプションとは、租税特別措置法29条の2の要件を満たすストックオプションであり、一定の要件を満たす場合に、権利行使時の給与課税を株式売却時まで繰り延べ、売却時に株式譲渡益として課税する制度です。国税庁Q&Aおよび経済産業省の解説でも、この税務上の効果が説明されています。

税制非適格ストックオプションでは、一般に、行使時の経済的利益が給与所得等として課税される問題があります。これに対し、税制適格ストックオプションでは、行使時には課税が繰り延べられ、株式譲渡時に譲渡所得として課税されます。発行会社・権利者双方にとって税務メリットが大きいため、スタートアップやIPO準備会社では税制適格性が非常に重視されます。

4.2 税制適格要件としての権利行使期間

税制適格ストックオプションでは、権利行使期間に関する要件があります。国税庁Q&Aは、ストックオプションの行使が、付与決議の日後2年を経過した日から、付与決議の日後10年を経過する日までの間に行われなければならないことを要件として説明しています。また、発行会社が設立の日以後5年未満の非上場会社等で一定要件を満たす場合には、最長15年までとされます。

経済産業省も、令和5年度税制改正により、設立から5年未満の非上場会社について、税制適格ストックオプションの権利行使期間が「付与決議日後2年を経過した日から付与決議日後15年を経過する日まで」に延長されたと説明しています。

ここで重要なのは、会社法上の権利行使期間と税制適格要件上の行使期間を混同しないことです。

会社法上は、新株予約権の内容として行使期間を定める必要があります。税制適格にしたい場合は、その会社法上・契約上の行使期間が、税制適格要件の期間内に収まるように設計しなければなりません。

たとえば、税制適格を予定しているにもかかわらず、付与決議日から1年後に行使できる設計にしてしまうと、税制適格要件との不整合が生じる。逆に、税制上は15年まで認められる場合でも、会社の資本政策上、10年以内にしたり、上場後一定期間に限定したりすることはあり得る。

4.3 税制適格ストックオプションと在籍要件

誤解が多い点として、税制適格ストックオプションですからといって、必ず「行使時に在籍していなければならない」とは限らない。

経済産業省のインセンティブ報酬ガイダンスは、税制適格との関係では、付与時に取締役または従業員である必要はあるものの、行使時に取締役または従業員であることは要求されていないため、退職後にストックオプションを行使する場合でも税制適格を維持することは可能であると説明しています。

これは極めて重要です。

つまり、税法上の税制適格要件と、会社が契約で定める在籍要件は、別の問題です。会社が「行使時に在籍していること」を行使条件として定めれば、退職者は契約上行使できない可能性があります。一方、会社が退職後の行使を認める設計にした場合でも、他の税制適格要件を満たす限り、退職後行使だから直ちに税制適格性を失うとは限りません。

したがって、発行会社は次のように整理する必要があります。

  • 税制適格要件として必要な行使期間・譲渡禁止・行使価額・年間限度・株式管理等を満たす。
  • そのうえで、会社の人材戦略・資本政策・上場準備に応じて、在籍要件を置くか、退職後行使を認めるかを設計します。
  • 在籍要件を置く場合でも、会社都合退職、任期満了、定年、死亡、グループ内転籍、M&A等の例外を明確にします。
  • 発行後の条件変更は、税制適格性に影響し得るため、税理士・弁護士・司法書士・証券会社・監査法人と事前に確認します。

4.4 令和6年度改正と年間権利行使価額

令和6年度税制改正では、一定の会社が付与する税制適格ストックオプションについて、年間権利行使価額の限度額が引き上げられました。経済産業省の説明では、設立5年未満の株式会社が付与するストックオプションは年間上限2,400万円、設立5年以上20年未満の一定の非上場会社または上場後5年未満の上場会社が付与するストックオプションは年間上限3,600万円への引上げが示されています。

国税庁Q&Aも、令和6年度税制改正により、年間権利行使価額の判定方法や発行会社自身による譲渡制限株式の管理スキームに関する改正が行われたことを説明しています。

この改正は、権利行使期間と在籍要件の設計にも影響します。なぜなら、長い権利行使期間と高い年間行使限度を前提に、権利者がいつ行使するかを選べるようになれば、退職後行使の扱いや在籍要件の設計がより重要になるからです。

Section 04

「権利行使期間と在籍要件」の関係を図式化する

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

5.1 基本モデル

権利行使期間と在籍要件の関係は、次のように整理できます。

次の比較表は、この章の内容を項目ごとに整理したものです。読者にとって重要なのは、列ごとの違いを見比べ、どの条件や手続が結論に影響するかを読み取ることです。

状況権利行使期間在籍要件原則的な結論
在籍中で期間内満たす満たす他の条件も満たせば行使可能
在籍中だが期間前満たさない満たす行使不可
在籍中だが期間満了後満たさない満たす行使不可。新株予約権消滅が問題
退職後で期間内満たす原則満たさない例外条項・退職後猶予・取締役会承認の有無による
退職後で期間満了後満たさない原則満たさない通常は行使不可
退職後だが会社都合退職満たす例外対象の可能性条項次第で行使可能
競合転職・懲戒解雇満たす失権条項対象の可能性条項次第で行使不可・消滅
死亡満たす本人は在籍しない相続人行使条項の有無による

ここでのポイントは、権利行使期間内であることは必要条件にすぎず、十分条件ではないということです。

5.2 権利行使期間内でも行使できない典型例

次の条項を考える。

権利行使期間 ― 2028年4月1日から2036年3月31日まで。
行使条件 ― 新株予約権者は、権利行使時において当社または当社子会社の取締役、監査役または従業員の地位にあることを要します。

この場合、2030年に退職した者が2031年に行使しようとしても、権利行使期間内ではあるが、在籍要件を満たさない。例外条項がなければ、会社は行使を拒絶できる可能性が高い。

5.3 権利行使期間外でも在籍していればよいわけではない

逆に、行使期間が2036年3月31日までです場合、2036年4月1日にまだ従業員として在籍していても、権利行使期間が満了していれば行使できません。権利行使期間は、在籍要件よりも基礎的な時間的制限です。

5.4 「退職後90日以内」条項の意味

退職後行使を認める場合、次のような条項が用いられることがあります。

新株予約権者が当社または当社子会社の役職員の地位を喪失した場合であっても、当該地位喪失日までに権利確定した新株予約権については、地位喪失日から90日以内かつ権利行使期間内に限り行使することができます。

この条項では、退職後も無期限に権利が残るわけではありません。90日という短い猶予期間を設けることで、退職者の過去の貢献に一定程度報いつつ、会社の資本政策上の不確実性を減らすことができます。

5.5 「ベスティング済み部分のみ残す」設計

近年は、退職時までにベスティング済みの部分は残し、未ベスティング部分は失効させる設計も検討されます。

例として、4年ベスティングで25%ずつ権利確定する場合、2年経過後に退職した者には50%分だけ残し、残り50%は消滅させます。これにより、会社への実際の貢献期間と経済的利益を対応させやすくなります。

ただし、未上場会社で退職者が新株予約権を持ち続けると、上場準備、株主総会運営、株主管理、情報提供、M&A時の同意取得、反社チェック、連絡先管理等の負担が増えます。経済産業省ガイダンスも、退職後行使可能な設計では、連絡先通知義務、競合会社への転職・反社会的勢力該当時の消滅、上場後のみ行使可能とする等の対応を検討する必要があると説明しています。

Section 05

権利行使期間と在籍要件 ― 在籍要件を置く理由と、置かない理由

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

6.1 在籍要件を置く理由

在籍要件には、次のような合理性があります。

第一に、会社への継続的貢献を促すリテンション効果です。ストックオプションは、将来の企業価値向上に向けて役職員のモチベーションを高める制度です。行使時に在籍していることを条件にすれば、退職抑止効果が期待できます。

第二に、退職者や競合転職者に経済的利益を残すことへの抵抗です。特に創業初期の会社では、退職者が多数のストックオプションを持ち続けると、後から入社する重要人材に十分な発行枠を確保できないことがあります。

第三に、上場準備やM&A時の実務負担を減らすことです。退職者が多数存在すると、連絡先管理、同意取得、説明義務、反社チェック、株主間契約への参加、ストックオプション管理システムの整備が煩雑になります。

第四に、悪質な退職、懲戒解雇、秘密保持義務違反、競業避止義務違反、不祥事関与などの場合に、会社の利益を守る機能です。

6.2 在籍要件を置かない、または緩和する理由

一方で、在籍要件を厳しくしすぎると、ストックオプションの魅力が低下します。

第一に、IPOまでの期間が長期化している場合、退職しない限り経済的利益を得られない設計は、役職員にとって不公平に感じられる可能性があります。数年間大きく貢献した人が、個人の事情やキャリア上の理由で退職しただけで全てを失うと、人材市場での評価が下がることもあります。

第二に、グローバル人材採用との整合性です。米国型のストックオプション実務では、ベスティング済み部分について退職後一定期間の行使を認める設計が一般的であり、日本でも海外人材や外資系人材を採用する場合、在籍要件が過度に厳しいと競争力を失うことがあります。

第三に、退職抑止効果が強すぎると、会社にとっても不健全な人材滞留が生じます。経済産業省ガイダンスでも、ストックオプションの在籍要件のために在籍し続けることが、健全な企業成長にとって必ずしも望ましくないという実務者の見解が紹介されています。

第四に、ストックオプションを「過去の貢献に対する報酬」として設計する場合、在籍要件を置かない、またはベスティング済み部分を残す方が制度趣旨に合うことがあります。

6.3 実務上の結論

在籍要件は、置くか外すかという二者択一ではありません。会社のフェーズ、採用市場、資本政策、上場予定、M&A可能性、税制適格性、対象者の属性に応じて設計します。

典型的な選択肢は次のとおりです。

次の比較表は、この章の内容を項目ごとに整理したものです。読者にとって重要なのは、列ごとの違いを見比べ、どの条件や手続が結論に影響するかを読み取ることです。

設計内容向いている場面
厳格在籍型行使時に在籍していなければ不可初期フェーズ、発行枠を絞りたい会社
Good Leaver例外型定年、任期満了、会社都合、死亡等は例外多くの国内実務
退職後短期猶予型退職後30日・90日等は行使可貢献への報酬と資本政策のバランス
ベスティング済み残存型確定済み部分は退職後も残すグローバル人材採用、長期IPO企業
上場後のみ退職後行使型未上場中は不可、上場後は可株主管理負担を抑えたい未上場会社
取締役会裁量型正当な理由を取締役会が認めた場合に可個別事情を柔軟に扱いたい会社
Bad Leaver失権型懲戒、競業、秘密保持違反等のみ失権人材流動性を重視する会社
Section 06

権利行使期間と在籍要件 ― 条項設計の実務ポイント

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

7.1 「在籍」の範囲を明確にする

在籍要件を設ける場合、まず「在籍」の範囲を明確にする必要があります。

曖昧な例は次のような条項です。

新株予約権者は、権利行使時において当社に在籍していることを要します。

この条項では、次の点が不明です。

  • 取締役は「在籍」に含まれるか。
  • 監査役、執行役員、顧問、業務委託者は含まれるか。
  • 子会社、関連会社、親会社、海外子会社は含まれるか。
  • 休職者、出向者、転籍者、産休・育休中の者は含まれるか。
  • 退職日当日の行使は可能か。
  • 有期雇用契約満了者はどう扱うか。
  • 会社都合退職と自己都合退職を区別するか。

望ましい条項は、対象範囲を具体化します。

新株予約権者は、権利行使時において、当社または当社子会社の取締役、監査役、執行役員、従業員その他当社取締役会がこれらに準ずるものとして認める地位にあることを要します。

ただし、「取締役会が認める地位」という裁量条項を入れる場合には、恣意的運用を避けるため、議事録、判断基準、利益相反管理を整備する必要があります。

7.2 判定時点を明確にする

在籍要件は、いつの時点で判定するのかが重要です。

  • 付与時に在籍していればよいのか。
  • ベスティング時に在籍している必要があるのか。
  • 行使請求時に在籍している必要があるのか。
  • 払込日に在籍している必要があるのか。
  • 株式交付日に在籍している必要があるのか。

多くの条項は「権利行使時」としますが、行使請求日、払込日、会社が行使を承認した日がずれる場合があります。細かい点ですが、紛争時には重要です。

7.3 退職区分を整理する

在籍要件の設計では、退職を一括りにしないことが重要です。

次の比較表は、この章の内容を項目ごとに整理したものです。読者にとって重要なのは、列ごとの違いを見比べ、どの条件や手続が結論に影響するかを読み取ることです。

区分実務上の扱い
自己都合退職原則失権または短期猶予にする例が多い
会社都合退職Good Leaverとして例外を認める余地が大きい
定年退職例外として行使可能にする例がある
任期満了退任例外として行使可能にする例がある
死亡相続人行使を一定期間認めるかを明記
傷病・障害Good Leaverとして扱うか検討
懲戒解雇Bad Leaverとして失権・取得条項対象にする例がある
競合転職競業制限・消滅事由として設計する例がある
グループ内転籍在籍継続とみなすことが多い
M&Aに伴う退職加速・買戻し・代替権利への置換を検討

「会社都合」「正当な理由」「やむを得ない事由」といった抽象語は便利ですが、判断権者、判断基準、手続を明確にしなければ紛争を生みます。

7.4 取締役会裁量条項の使い方

よくある条項に、次のようなものがあります。

ただし、当社取締役会が正当な理由があると認めた場合は、この限りではありません。

この条項は柔軟性がありますが、リスクもあります。退職者側は「自分には正当な理由がある」と主張し、会社側は「承認しない」と判断する可能性があります。

東京高裁平成28年11月10日判決として紹介される裁判例では、新株予約権は原則として行使時に従業員の地位にあることが必要であり、例外的に「正当な理由」があると取締役会が決議すれば行使できる設計でした。紹介資料によれば、裁判所は「正当な理由」を、ストックオプションの目的に照らし、企業価値向上への貢献という見地から従業員と同等に扱うことを正当化する理由がある場合と捉え、退職後の事情等から会社側の承認義務違反を否定したとされます。

この裁判例から読み取れる実務上の教訓は、次のとおりです。

  • 取締役会裁量条項は、退職者に当然の権利を与えるものではない場合があります。
  • 「正当な理由」の意味は、制度目的・企業価値への貢献・退職後の行動等から解釈され得る。
  • 退職合意書や退職勧奨通知書に「新株予約権を有効とする」等の文言を入れる場合、その意味を明確にしなければなりません。
  • 会社は、承認・不承認の判断過程を議事録化し、恣意性や差別的取扱いを疑われないようにする必要があります。
  • 権利者側では、退職前に行使条件、例外条項、承認手続、退職合意書の文言を確認することが重要です。

7.5 取得条項と在籍要件を連動させる

在籍要件に違反した場合、単に「行使できない」とするだけでなく、会社が無償で新株予約権を取得できる取得条項を置くことがあります。

例 ―

当社は、新株予約権者が当社または当社子会社の役職員の地位を喪失した場合、当該新株予約権者の保有する未行使の本新株予約権を無償で取得することができます。ただし、当社取締役会が別段の取扱いを認めた場合はこの限りではありません。

取得条項を設ける場合、会社法236条1項7号の取得条項に関する事項を適切に定める必要があります。取得条項を用いると、会社が消滅・失効を管理しやすくなる一方、発行要項、登記、会計、税務、対象者説明との整合性が重要になります。

7.6 相続・死亡時の扱い

死亡時の扱いも、在籍要件との関係で紛争になりやすい論点です。

  • 本人死亡時に全て消滅するのか。
  • 相続人が行使できるのか。
  • 相続人が行使できる場合、誰が代表して行使するのか。
  • 期限は死亡日から何か月以内か。
  • 相続人が複数いる場合、共有新株予約権の行使手続はどうするか。
  • 税制適格性や株式管理要件に影響しないか。

実務上の記載例では、死亡時に相続人が一定期間内に会社所定の手続を完了した場合に限り行使できるとする例があります。

7.7 競業・秘密保持・反社条項

退職後も権利行使を認める設計では、会社と関係がなくなった者が権利を持ち続けるため、競業、秘密保持、反社会的勢力、重大なコンプライアンス違反への対応が必要です。

ただし、労働法上、過度に広い競業避止義務は有効性が問題になり得ます。競業禁止を理由にストックオプションを失効させる場合でも、対象範囲、期間、地域、業務内容、代償措置、会社の正当利益を検討し、合理的な範囲に限定する必要があります。

7.8 発行後の条件変更

発行後に在籍要件を緩和したい、権利行使期間を延長したい、退職後行使を認めたいという相談は多くあります。

しかし、発行後変更には慎重さが必要です。

  • 新株予約権の内容変更にあたるか。
  • 変更決議が必要か。
  • 新株予約権者全員の同意が必要か。
  • 登記変更が必要か。
  • 税制適格性に影響するか。
  • 有利発行・報酬規制・株主総会承認が必要か。
  • 会計上の費用認識が変わるか。
  • 既存株主・投資家契約との整合性はあるか。
  • 上場審査上の説明が可能か。

実務資料でも、税制適格ストックオプションとして発行した新株予約権の内容を変更する場合は、事前に顧問税理士に相談する必要があると指摘されています。

Section 07

権利行使期間と在籍要件 ― 退職者対応 ― 会社側と権利者側のチェックポイント

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

8.1 会社側の退職時チェックリスト

退職者がストックオプションを保有している場合、会社側は退職手続と同時に次を確認します。

  1. 退職者が保有する新株予約権の回号、個数、行使価額、行使期間を確認します。
  2. ベスティング済み数量と未ベスティング数量を確認します。
  3. 在籍要件、退職時失権条項、例外条項、取得条項を確認します。
  4. 退職理由が自己都合、会社都合、定年、任期満了、死亡、懲戒等のいずれかを確認します。
  5. 退職後行使を認める場合、期限、手続、払込、税務、株式管理を案内します。
  6. 退職後行使を認めない場合、失効・消滅・取得の根拠を文書化します。
  7. 取締役会承認が必要な場合、議案、判断資料、議事録を準備します。
  8. 新株予約権原簿・管理台帳を更新します。
  9. 登記変更が必要か司法書士に確認します。
  10. 税制適格ストックオプションの場合、税理士・証券会社・管理機関との連携を確認します。
  11. 退職合意書に、ストックオプションの扱いを明記します。
  12. M&A・IPO準備中であれば、主幹事証券、監査法人、投資家、外部弁護士への説明資料を整える。

退職合意書に何も書かないと、後日「退職時にストックオプションの説明を受けていない」「会社都合退職だから残るはずだ」「退職勧奨時に有効と言われた」といった紛争が起きやすい。

8.2 権利者側の退職前チェックリスト

権利者側、特に従業員・役員が退職を検討している場合、退職前に次を確認することが重要です。

  1. 自分が保有するストックオプションの発行回号を確認します。
  2. 発行要項、割当契約書、付与通知書、説明資料を入手します。
  3. 権利行使期間の開始日・終了日を確認します。
  4. 税制適格か非適格かを確認します。
  5. 行使時に在籍が必要かを確認します。
  6. 退職後行使が可能か、可能なら何日以内かを確認します。
  7. ベスティング済み数量を確認します。
  8. 会社都合退職、定年、任期満了、傷病、死亡等の例外を確認します。
  9. 取締役会承認が必要な場合、申請方法を確認します。
  10. 行使価額、払込資金、税務負担、株式売却可能性を確認します。
  11. 退職合意書にストックオプションの扱いを明記してもらう。
  12. 不明点は退職届提出前に弁護士・税理士へ相談します。

特に、退職後に「権利行使期間内だから当然行使できる」と考えるのは危険です。権利行使期間と在籍要件は別の条件であり、期間内でも在籍要件を満たさなければ行使できない場合があります。

Section 08

権利行使期間と在籍要件 ― IPO・M&A・組織再編における特別論点

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

9.1 IPO準備会社における権利行使期間と在籍要件

IPO準備会社では、権利行使期間と在籍要件は上場審査・資本政策・開示に影響します。

主な論点は次のとおりです。

  • 潜在株式数が資本政策表に正確に反映されているか。
  • 退職者の未行使新株予約権がどれだけ残っているか。
  • 行使条件が明確で、恣意的な裁量がないか。
  • 反社チェック、株主管理、連絡先管理ができているか。
  • 税制適格要件を満たす管理体制があるか。
  • 付与対象者への説明と同意取得が適切か。
  • 監査法人・主幹事証券に説明可能な制度設計か。
  • 行使可能時期がロックアップ、インサイダー取引規制、適時開示と整合するか。

上場後に行使が集中すると、売却圧力、株価形成、インサイダー規制、役職員の退職インセンティブにも影響します。そのため、上場日から一定期間経過後に段階的に行使可能とする設計や、上場後ベスティングを採用する例もあります。

9.2 M&A時の扱い

M&A時には、ストックオプションの扱いがディール条件に直結します。

主な選択肢は次のとおりです。

  • クロージング前に行使させる。
  • 未行使新株予約権を買い取る。
  • 取得条項に基づき会社が取得します。
  • 買収会社の株式・新株予約権に置き換える。
  • 組織再編時交付新株予約権を交付します。
  • 行使条件を加速させる。
  • 未ベスティング部分は消滅させる。
  • Good Leaver/Bad Leaverで扱いを分ける。

M&Aでは、在籍要件が思わぬ障害になることがあります。たとえば、売却直前に退職した主要メンバーが、在籍要件により行使できないと主張される場合、過去の貢献とM&A価値への寄与をどう評価するかが問題になります。

また、買主側は、未行使新株予約権が残ると買収後の資本政策に影響するため、クロージング前に処理を求めることが多いです。発行会社は、M&A条項を事前に設計しておく必要があります。

9.3 グループ内転籍・海外勤務

グループ会社への転籍、海外子会社への出向・転籍、親会社への異動は、在籍要件の典型的な盲点です。

条項が「当社の従業員」とだけ定めていると、子会社への転籍で在籍要件を満たさなくなる可能性があります。グループ経営を前提にする会社では、次のような文言を検討します。

当社、当社子会社、当社親会社または当社取締役会が指定する関係会社の取締役、執行役員、従業員その他これらに準ずる地位にあること。

ただし、税制適格、海外税制、証券規制、労務法制は国によって異なります。海外勤務者に付与する場合、日本法だけで完結しないことがあります。

Section 09

権利行使期間と在籍要件 ― 会計・税務・登記・労務の横断的視点

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

10.1 会計上の視点

公認会計士・監査法人の視点では、ストックオプションは報酬費用、株式報酬費用、条件変更、失効見積り、権利確定条件の分類、開示に影響します。

在籍要件は、会計上、勤務条件として扱われることがあります。ベスティング条件や退職時失効条件がある場合、費用認識期間や失効見積りに影響し得ます。発行後に条件変更すると、会計処理が変わる可能性があるため、監査法人と事前協議が必要です。

10.2 税務上の視点

税理士の視点では、税制適格要件の維持、行使価額、年間行使価額、株式管理、源泉徴収、退職者の居住地、非居住者課税、海外勤務、M&A時の課税が問題になります。

税制適格ストックオプションでは、付与時、行使時、譲渡時の課税関係が制度設計の中心です。国税庁Q&Aは、税制適格の場合、付与時に課税関係が生じず、行使時の経済的利益は課税繰延べとなり、株式売却時に株式譲渡益課税の対象になると説明しています。

在籍要件そのものは会社契約上の条件ですが、条件変更や退職後行使の設計が税制適格要件に影響しないかは慎重に確認する必要があります。

10.3 登記・司法書士の視点

司法書士の視点では、新株予約権の発行登記、変更登記、消滅、行使による変更登記、払込、資本金・資本準備金の増加、登記事項の正確性が重要です。

退職により行使条件を満たさなくなり新株予約権が消滅する場合、発行会社は登記対応が必要になる可能性があります。実務資料では、従業員が退職することによって行使条件に該当しなくなった場合には、原則として当該従業員が保有している新株予約権は消滅し、変更登記の申請が必要になると説明されています。

もっとも、実際に登記が必要か、いつ消滅したと扱うか、退職後猶予期間や例外条項があるかは、個別の発行要項・登記事項により異なります。

10.4 労務・社労士の視点

社会保険労務士・労務担当の視点では、ストックオプションは賃金ではないとしても、人材採用、退職勧奨、懲戒、解雇、就業規則、退職合意、秘密保持、競業避止、ハラスメント・不祥事対応と密接に関わります。

退職勧奨時にストックオプションの扱いを曖昧にすると、退職合意の有効性や説明義務の問題が生じ得ます。特に会社都合退職、整理解雇、メンタルヘルス退職、ハラスメント被害者の退職などでは、在籍要件を形式的に適用することが公平か、紛争リスクを高めないかを検討する必要があります。

10.5 法務・弁護士の視点

弁護士・企業内弁護士の視点では、条項解釈、発行手続、株主総会・取締役会決議、対象者説明、退職合意書、訴訟リスク、M&A契約、投資契約、反社・競業・秘密保持、情報開示、善管注意義務が問題になります。

「権利行使期間と在籍要件」は、制度導入時よりも、退職時・上場前・M&A前・紛争時に本当の難しさが出ます。法務部は、人事・経理・財務・税務・経営陣と連携し、制度設計と運用を一体で管理する必要があります。

Section 10

権利行使期間と在籍要件 ― 紛争類型と予防策

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

次の一覧は、典型的な紛争類型を整理したものです。各項目は争いの入口を表しており、読者はどの資料や手続を整えると予防できるかを読み取ることが重要です。

退職後行使拒絶型

期間内であるとして行使請求し、会社が在籍要件を理由に拒絶する類型です。

会社都合退職型

会社都合や退職勧奨が例外に当たるか争われる類型です。

承認裁量争い型

取締役会の承認拒絶が合理的か争われる類型です。

M&A・IPO利益逸失型

株式価値上昇後に、行使できなかった損害が主張される類型です。

11.1 典型的な紛争類型

類型1 ― 退職後行使拒絶型 権利者が、権利行使期間内ですとして行使請求します。会社は、在籍要件を満たしていないとして拒絶します。

類型2 ― 会社都合退職・退職勧奨型 権利者が、自己都合ではなく会社都合で退職したのだから例外にあたると主張します。会社は、条項上例外がない、または取締役会が認めていないと主張します。

類型3 ― 承認裁量争い型 取締役会が「正当な理由」を認めれば行使可能とする条項について、会社が承認しない。権利者は、承認拒絶が信義則違反・裁量濫用・債務不履行ですと主張します。

類型4 ― 説明義務・錯誤型 権利者が、付与時または退職時に、在籍要件や退職時失権について十分な説明を受けていないと主張します。

類型5 ― 条件変更型 会社が発行後に権利行使期間や在籍要件を変更しようとします。権利者、株主、税務、登記、会計上の問題が生じる。

類型6 ― M&A・IPO利益逸失型 上場またはM&Aにより株式価値が大きく上昇した後、退職者が行使できなかったことについて損害賠償を主張します。

11.2 予防策

紛争予防の要点は次のとおりです。

  1. 発行時に、権利行使期間と在籍要件を明確に分けて説明します。
  2. 発行要項と割当契約書の文言を一致させる。
  3. 退職時の扱いを、自己都合・会社都合・定年・任期満了・死亡・懲戒・競業等に分ける。
  4. 取締役会裁量条項を置く場合、判断基準と議事録を整備します。
  5. ベスティング、クリフ、退職後猶予期間を制度設計に組み込む。
  6. 税制適格要件と会社契約上の条件を混同しない。
  7. 退職合意書にストックオプションの扱いを明記します。
  8. 発行後変更は、弁護士、税理士、司法書士、会計士、証券会社、監査法人に事前確認します。
  9. 管理台帳を整備し、退職者の連絡先・行使期限・消滅日を管理します。
  10. 付与対象者向け説明資料を作り、説明履歴を残す。
Section 11

権利行使期間と在籍要件 ― 実務で使えるモデル条項

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

以下は一般的な検討例であり、そのまま使用するのではなく、会社の状況、税制適格性、発行手続、投資契約、上場審査、労務リスクに応じて修正する必要があります。

12.1 厳格在籍型

新株予約権者は、本新株予約権の権利行使時において、当社または当社子会社の取締役、監査役、執行役員または従業員の地位にあることを要します。新株予約権者がこれらの地位を喪失した場合、当該新株予約権者は、未行使の本新株予約権を行使することができません。

特徴 ― 会社側に有利で、発行枠管理がしやすい設計です。注意点 ― 退職者の過去の貢献を全て失わせるため、人材採用上の魅力が下がる可能性があります。

12.2 Good Leaver例外型

前項にかかわらず、新株予約権者が任期満了、定年、会社都合退職、死亡、傷病その他当社取締役会が正当な理由があると認める事由により地位を喪失した場合、当該新株予約権者またはその相続人は、当該地位喪失日までに権利確定した本新株予約権に限り、当該地位喪失日から90日以内かつ権利行使期間内に限り行使することができます。

特徴 ― 公平性と管理可能性のバランスがよい。 注意点 ― 「正当な理由」の判断基準を整備する必要があります。

12.3 ベスティング済み残存型

新株予約権者が当社または当社子会社の役職員の地位を喪失した場合であっても、当該地位喪失日までに権利確定した本新株予約権については、権利行使期間内に限り行使することができます。ただし、当該地位喪失が懲戒解雇、競業避止義務違反、秘密保持義務違反、重大な法令違反その他当社取締役会が不適切と認める事由による場合はこの限りではありません。

特徴 ― グローバル人材採用や長期IPO会社に向く。 注意点 ― 退職者が長期に権利を保有するため、連絡先管理、反社確認、資本政策管理が必要。

12.4 上場後行使型

新株予約権者は、当社普通株式が金融商品取引所に上場された日以後でなければ、本新株予約権を行使することができません。新株予約権者が上場日前に当社または当社子会社の役職員の地位を喪失した場合であっても、当該地位喪失日までに権利確定した本新株予約権については、上場日以後、権利行使期間内に限り行使することができます。ただし、当社取締役会が別段の取扱いを定めた場合はこの限りではありません。

特徴 ― 未上場中の株主管理負担を抑えつつ、退職者の貢献に報いることができます。注意点 ― 上場しない場合、権利者が利益を得られない可能性があります。

12.5 Bad Leaver失権型

新株予約権者が、懲戒解雇、競業避止義務違反、秘密保持義務違反、反社会的勢力該当、重大な法令違反、当社グループの信用を著しく毀損する行為その他当社取締役会がこれらに準ずると認める事由に該当した場合、当該新株予約権者は、未行使の本新株予約権を行使することができません。

特徴 ― 人材流動性を認めつつ、会社に重大な害を与える者を排除できます。注意点 ― 競業・信用毀損等の範囲が広すぎると有効性・運用公平性が問題になります。

Section 12

権利行使期間と在籍要件 ― 会社が制度設計時に使うべき総合チェックリスト

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

14.1 発行前チェック

  • ストックオプションの目的は、人材獲得、リテンション、過去貢献報酬、業績連動、M&A対応のどれか。
  • 税制適格か、非適格か、有償か、信託型か、RS/RSU等との併用か。
  • 権利行使期間は会社法・税制・資本政策に整合しているか。
  • 在籍要件を置くか、置かないか、どの程度緩和するか。
  • ベスティング、クリフ、退職後猶予期間をどう設計するか。
  • Good Leaver/Bad Leaverを定義したか。
  • 会社都合退職、定年、任期満了、死亡、傷病、グループ内転籍、海外出向を扱ったか。
  • 取締役会裁量条項の判断基準を用意したか。
  • M&A時、IPO時、組織再編時の扱いを定めたか。
  • 取得条項、譲渡制限、相続制限、競業・秘密保持違反時の処理を定めたか。
  • 発行要項、割当契約、説明資料、登記、税務書類の文言が一致しているか。
  • 取締役報酬規制、有利発行、株主総会決議、取締役会決議を確認したか。
  • 会計処理、税務、登記、上場審査、投資家契約との整合性を確認したか。

14.2 運用時チェック

  • 新株予約権原簿・管理台帳を更新しているか。
  • 付与対象者ごとの入社日、割当日、ベスティング日、行使可能数量を管理しているか。
  • 退職者の権利失効・残存・猶予期間を管理しているか。
  • 退職後行使の期限通知をしているか。
  • 連絡先通知義務を運用しているか。
  • 行使請求時に在籍要件・税制適格要件・年間限度を確認しているか。
  • 登記変更を遅滞なく行っているか。
  • 監査法人・主幹事証券・投資家への説明資料を更新しているか。

14.3 退職時チェック

  • 退職合意書にストックオプションの扱いを明記したか。
  • 退職理由を条項上の分類に当てはめたか。
  • 取締役会承認が必要な場合、承認・不承認を決議したか。
  • 退職者に行使可能数量、行使期限、手続を通知したか。
  • 失効・消滅の場合、その根拠を説明したか。
  • 税務・登記・台帳を更新したか。
Section 13

結論 ― 「権利行使期間と在籍要件」は一体で設計しなければならない

制度・手続・証拠を分けて確認し、判断過程を後から説明できる形に整えます。

権利行使期間と在籍要件は、ストックオプション実務の核心です。

権利行使期間は、会社法上、新株予約権の内容として必ず定めるべき期間です。在籍要件は、会社が制度目的に応じて設定する行使条件であり、権利者が会社やグループ会社の一定の地位にあることを求める条件です。

両者は別概念ですが、実務上は一体で機能します。権利行使期間内でも、在籍要件を満たさなければ行使できないことがあります。逆に、在籍していても権利行使期間が始まっていなければ行使できず、期間満了後は行使できません。税制適格ストックオプションでは、税法上の行使期間要件も重なるため、さらに精密な設計が必要です。

近年は、退職後も一定範囲で権利行使を認める設計、ベスティング済み部分を残す設計、Good Leaver/Bad Leaverで分ける設計、上場後のみ行使を認める設計など、より多様な実務が登場しています。これは、ストックオプションが単なる退職抑止策ではなく、人材獲得、企業価値向上、過去貢献への報酬、グローバル人材市場への対応という複数の目的を持つ制度になっているためです。

企業法務において重要なのは、次の三点です。

第一に、権利行使期間と在籍要件を混同しないこと。 第二に、発行時の制度設計、契約文言、決議、税務、会計、登記、退職時運用を一貫させること。 第三に、退職時・M&A時・IPO時に紛争化しないよう、例外条項と手続を事前に明確化すること

「権利行使期間と在籍要件」は、短い条項に見えて、会社の成長戦略、人材戦略、資本政策、ガバナンスを映す重要な設計項目です。発行会社も権利者も、条文・契約・税制・実務運用を丁寧に確認し、必要に応じて弁護士、企業内弁護士、司法書士、税理士、公認会計士、社会保険労務士、法務担当、商事法務担当、CFO、人事責任者、主幹事証券、監査法人が連携して判断する必要があります。

Section 14

権利行使期間と在籍要件のFAQ

個別案件への断定を避け、一般的な制度説明として整理します。

Q1. 権利行使期間内なら退職後でも必ず行使できますか。

一般的には、権利行使期間内であることは必要条件にすぎず、在籍要件、退職後猶予、例外条項、取締役会承認、ベスティング状況によって行使可否が変わるとされています。具体的には発行要項、割当契約、退職合意書等を確認し、専門家へ相談する必要があります。

Q2. 税制適格ストックオプションでは退職後行使はできないのですか。

一般的には、税制適格要件と会社が契約で定める在籍要件は別問題とされています。退職後行使でも税制適格性を維持できる場合がありますが、他の税制要件、株式管理、契約条項によって結論は変わります。

Q3. 在籍要件を後から外すことはできますか。

一般的には、可能な場合もありますが、新株予約権の内容変更、変更決議、新株予約権者の同意、登記、税制適格性、会計処理、有利発行、株主説明が問題になり得ます。

Q4. 権利行使期間を長くすれば在籍要件は不要になりますか。

一般的には、権利行使期間と在籍要件は機能が異なります。長い権利行使期間を置いても、行使時在籍要件があれば退職者は行使できない可能性があります。

Reference

参考資料

公的資料・法令

  • 会社法
  • 国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」
  • 経済産業省「ストックオプション税制」
  • 経済産業省「スタートアップの成長に向けたインセンティブ報酬ガイダンス」

実務解説・裁判例資料

  • 法務速報 NO.204
  • 法律実務解説(新株予約権の行使条件変更に関する解説)
  • 法律実務解説(新株予約権の消滅・変更登記に関する解説)
  • 司法書士実務解説(新株予約権の行使条件に関する解説)