【研究】Cognitive Evolution Lab
Cognitive Evolution Lab(CEL)は「企業そのものを認知的制御系(cognitive control system)として再設計する」ことを研究コアに据え、識別AIから生成AIまでを経営の目的関数に直結させるための数理・アーキテクチャ・組織設計を統合する研究です。
PoC止まり・部分最適・データ未整備・人材不足・倫理対応不足という実務課題を可観測な数理変数に落とし込み、「ゼロベースAX」を運用可能な形に定式化して本研究の内容についてご説明します。
企業を「認知的制御系」として定式化する
企業状態(需要・在庫・人員スキル・ブランド資産・規制順守度などの潜在ベクトル)を \(x_t\)、経営意思決定・AI導入強度を含む介入を \(a_t\)、観測(KPIダッシュボード・顧客接点ログ・センサ)を \(y_t\) とします。
部分観測動的最適化
POMDP
状態遷移
$$x_{t+1} = A(a_t)\,x_t + B(a_t)\,u_t + w_t$$
観測
$$y_t = C(a_t)\,x_t + v_t$$
目的関数(経営価値・倫理制約込み)
$$\max_{\pi} \; \mathbb{E}\Big[\sum_{t=0}^{T}\gamma^t \big(R(x_t,a_t) – \mathrm{Cost}(a_t)\big)\Big] \quad \text{s.t. } \Pr\{g(y_t,a_t)\le \epsilon\}\ge 1-\delta$$
ここで \(\pi\) は方策(人×AIの意思決定政策)。右の確率制約はプライバシー違反率や不公平度などの倫理SLOを表します。
生成AIの役割は二重です。
(1) 観測強化(RAGやマルチモーダルで\(y_t\) を高解像度化、\(\mathrm{I}(x;y)\)を増やす)、
(2) 政策蒸留(専門家意思決定を模倣し \(\pi\) を最適化、意思決定遅延を短縮)。
「PoC止まり」を伝達関数で測る
実装可能性の制御理論
PoC成果が本番運用へ伝わる割合をPoC→Prod 伝達率 \(\eta_{\mathrm{AX}}\) と定義します。
$$\eta_{\mathrm{AX}} \;=\; \frac{\text{本番で持続的に実現した価値(NPV換算)}}{\text{PoCで観測された価値(NPV換算)}}$$
組織・法務・セキュリティ・MLOps等をまとめて「組織プラント」\(H_o(\omega)\)、モデル側を \(H_m(\omega)\) とすると、
$$T(\omega)=\frac{H_m(\omega)\,H_o(\omega)}{1+H_m(\omega)\,H_o(\omega)}$$
が価値の閉ループ伝達関数。位相余裕・ゲイン余裕に相当する量を「実装余裕」として見積ると、設計時点でどこで振動(手戻り)するかが見えます。
CELではこれを可視化し、ボトルネック(権限移譲、データ権利、リリース門番、SRE/MLRE体制)を工学的に切り分けます。
部分最適の数理
全社目的関数と協力ゲーム
部門ごとKPIの最大化は協力ゲームの利得配分問題に等価です。
全社価値 \(V(S)\)(部門集合 \(S\) のときの価値)に対しShapley値で各部門の周辺寄与を測ると、横断案件(例:生成AI×顧客接点×供給計画)の正当な配分が決まります。
さらに、全社KPIを幾何平均で集約するのが肝要です(代替性を抑え、部分最適の相殺を防ぐ)
$$\text{AX-Score} = \big(D \cdot L \cdot M \cdot T \cdot G \big)^{1/5}$$
D:Data基盤成熟度、L: Leadership/戦略、M: MLOps、T: Talent/L&D、G: Governance/Ethics
幾何平均ゆえに1要素が極端に低いと全体が下がり、「ボトルネック駆動の改善」を強制します。
データ戦略
意思決定条件付き相互情報量(DCMI)最大化
データ価値は「モデル精度」ではなく意思決定に寄与する情報量で測るべきです。
$$\Delta \mathrm{VoI} \approx I(a^\star; D \mid C)$$
\(a^\star\): 最適介入(意思決定)、\(D\): 追加データ、\(C\): 制約(SLA/倫理/コスト)
収集優先度は
$$\frac{\partial I}{\partial \text{データソース}}$$
が大きい順。ログ拡張・センサ増設・外部データ連携の意思決定が客観的にできます。
Data Readiness Level(DRL)を(スキーマ整合、権利/PII、メタデータ、品質モニタ、リアルタイム性)の5軸で0–3評価し、DRL≥2を本番条件とします。
生成AI×経営の三位一体
RAG×SCM×XAI
RAG
社内ナレッジ・規程・契約をベクトル化し幻覚率を下げた意思決定支援へ。
SCM(構造的因果モデル)
単なる相関説明ではなく反実仮想で意思決定影響を推定。
XAI
意思決定監査のための説明変分下界(例:SHAPの監査SLO)を設定。
安全制約付き生成は
$$\min_{\text{出力}} \; \mathcal{L}_{task} + \lambda_1 \mathcal{L}_{policy} + \lambda_2 \mathcal{L}_{safety}$$
$$
\underset{\mbox{出力}}{\min}\;
L_{\mathrm{task}}
\;+\; \lambda_{1}\,L_{\mathrm{policy}}
\;+\; \lambda_{2}\,L_{\mathrm{safety}}
$$
で実装。RAGの索引鮮度SLA(例:T≤24h)と出典被覆率(回答トークンのうち根拠文書にアラインした割合≥95%)をSLO化します。
人材・組織
知識ネットワークの臨界現象
部門ノード間の実務的エッジ密度 \(p\) が臨界 \(p_c\) を超えると、知識が巨大連結成分にしみ出す(percolation)。
実務では「横断Guild/Chapter」を設置し、共同リポジトリと再利用テンプレートで \(p\) を引き上げる。
知識フロー方程式(粗視化)
$$\frac{dK_i}{dt} = \sum_{j} \beta_{ij}K_j – \delta_i K_i + \sigma_i$$
学習会・内製ツール配布・外部連携(\(\sigma_i\))が流入項、離職・部署替えが減衰項。設計の焦点は係数 \(\beta_{ij}\)(相互学習速度)を制度で最大化すること。
MLOps/ガバナンス
確率的SLOとドリフト制御
性能SLO
$$\Pr\{|L_t – L_{\mathrm{target}}|\le \varepsilon\}\ge 0.99$$
ドリフト検知
入力分布 \(p_t(x)\) と基準 \(p_0(x)\) の距離(PSI/KL/エネルギー距離)で門番化。
監査可能性
Model/Data Card、Lineage、メトリクスの不可変ログ(WORM/ハッシュ鎖)。
セーフティ
差別影響比、Demographic Parity/EOの確率的チャンス制約をプロダに内在化。
投資配分
リアルオプション × マルチアームド・バンディット
ユースケース \(i\) への投資 \(b_i\) は探索-活用の古典問題。
Gittins index/Thompson samplingで予算配分を逐次更新。
NPVにオプション価値(権利はあるが義務はない)を加え、ステージゲートで廃止を容易に。
Causal ROI(反実仮想ROI)
uplift推定(DR-learner/因果森林)で
$$\mathrm{cROI} = \frac{\mathbb{E}[Y\,|\,\text{AI}=1]-\mathbb{E}[Y\,|\,\text{AI}=0]}{\text{TCO}}$$
を測り、PoC→本番の外的妥当性を担保。
KPIツリーと「AXレディネス指数」
レディネス指数
先述の \(D,L,M,T,G\) を四半期でスコア化(幾何平均)。
運用KPI
PoC→Prod 伝達率 \(\eta_{\mathrm{AX}}\)(≥0.6を目標)
RAG根拠被覆率(≥95%)/幻覚率(≤1%)
データ鮮度SLA遵守率(≥99%)
反実仮想ROI(四半期で+X%)
倫理SLO違反確率(≤10⁻³/四半期)
アーキテクチャ原則
Zero-Based
Decision-first
モデルではなく意思決定から設計(DCMI最大化が誘導則)。
Minimal Viable Ontology
業務語彙をMVOとして先に定義、データ統合の骨格に。
Composable Platform
Feature Store/Prompt Store/Evaluation Harnessを共通化。
Safety-by-Design
ポリシー埋込デコーディング、RAGの出典強制、監査ログを標準部品化。
Observability
データ・モデル・人の三層に共通テレメトリ。
実装ロードマップ
90/180/360日
0–90日(基礎整備)
MVO策定、データ資産棚卸しとDRL採点、RAG最小骨格+出典強制評価器、SLO雛形。
90–180日(拡張)
3–5ユースケースの因果評価設計、Thompson配分で予算最適化、Guild運用開始。
180–360日(スケール)
本番クラスMLOps、ポリシー付き生成(安全制約最適化)、協力ゲームに基づくKPI配分、
伝達率 \(\eta_{\mathrm{AX}}\) 0.6→0.8 を目標に横断展開。
CELのリサーチ
生成AIの反実仮想化
LLM出力の因果一貫性レギュラライザの提案と理論保証。
PoC→Prod 位相余裕の推定
組織プラントの同定(時系列因果+ベイズ構造学習)。
DCMIベースのデータ価値評価
収集順序最適化の貪欲近似の性能界を証明。
倫理SLOのチャンス制約
分布頑健最適化(DRO)での理論的安全保証。
知識ネットワーク臨界
横断エッジ投資の最小コストでの \(p>p_c\) 達成条件。
Cognitive Evolution Labの独自性
目的関数の直結
精度ではなく経営価値と倫理SLOで最適化。
ゼロベース設計
MVO→DCMI→RAG/SCM/XAI→SLOという一貫パイプライン。
実装可能性の工学化
\(\eta_{\mathrm{AX}}\)、伝達関数、臨界現象でPoC止まりを回避。
資本配分の科学
リアルオプション×バンディットで継続的に最適化。
以上を軸に、CELは「AI×経営」を数理—実装—ガバナンスで橋渡しします。