会社法手続、補償範囲、免責、防御費用、開示、事故対応まで、保険更新を企業統治の点検機会として整理します。
会社法 手続、補償範囲、免責、防御費用、開示、事故対応まで、保険更新を企業統治の点検機会として整理します。
D&O保険更新時の見直しポイントは、保険料の増減だけでは判断できません。会社法上の意思決定、補償範囲の実効性、事故対応の手順を同時に点検し、取締役会・社外役員・株主・投資家に説明できる状態へ整えることが重要です。
まず更新時に見るべき三つの視点を並べます。この整理は、社内の担当部署がどこから確認すればよいかをそろえるために重要です。左から順に、手続、補償、事故対応のどこに検討漏れがないかを読み取ります。
被保険者、対象請求、限度額、免責金額、防御費用、免責事由、特約、サブリミットを点検します。
通知期限、弁護士選任、和解同意、防御費用前払い、証拠保全、行政調査対応を社内手順に落とし込みます。
この強調表示は、更新作業の結論を一文で示すものです。年1回の保険事務に見えても、実際には経営陣のリスク認識と説明責任を確認する機会である点を読み取ってください。
丁寧な更新実務は、社外役員の安心、投資家向け開示、危機発生時の初動、取締役会の説明責任を同時に強くします。
会社役員賠償責任保険の意味、典型リスク、請求主義による補償空白を確認します。
D&Oは Directors and Officers の略で、一般に会社役員賠償責任保険と呼ばれます。役員等が職務に関連して責任追及を受けた場合に、損害賠償金、和解金、防御費用、調査対応費用などが問題になります。
会社法上は、会社が保険者と締結する保険契約のうち、役員等が職務執行に関して責任追及を受けること、または法令違反が疑われることに起因する損害を填補するものが、役員等賠償責任保険契約として扱われる場面があります。
次の一覧は、D&O保険更新時に想定すべき代表的な責任追及場面を整理したものです。対象場面を漏らすと限度額や特約の検討もずれるため重要です。自社の役員責任リスクが、株主・開示・不祥事・倒産・海外・社外役員のどこに寄っているかを読み取ってください。
株主代表訴訟、少数株主請求、証券関連請求、有価証券報告書や適時開示をめぐる責任追及。
不正会計、品質不正、独禁法違反、個人情報漏えい、サイバー事故、労務不祥事に関する監督責任。
債権者、管財人、監督委員、株主等からの責任追及。会社補償が機能しにくい場面も想定します。
海外子会社、米国証券訴訟、クロスボーダーM&A、派遣役員、現地役員に関する請求。
社外取締役、社外監査役、退任役員、相続人、配偶者、法定代理人に関する補償範囲。
D&O保険は、多くの場合、請求主義で設計されます。次の表は、請求主義のもとで更新時に確認すべき項目を示しています。保険会社を変更する場合や支配権変更がある場合に補償空白が生じやすいため、各列の確認事項から自社の継続性を点検してください。
| 確認項目 | 更新時の見方 | 見落とした場合の影響 |
|---|---|---|
| 遡及日・継続日 | 過去行為に関する請求が新契約でも拾えるか確認します。 | 過去行為に関する請求が対象外となる可能性があります。 |
| 既知事情の告知 | 内部通報、行政照会、監査指摘、不正疑義の扱いを精査します。 | 将来の免責・告知義務違反の争点になり得ます。 |
| 関連請求 | 通知済み事故・通知済み事情との連続性を確認します。 | 旧契約と新契約のどちらにも入らない空白が生じ得ます。 |
| 延長報告期間 | 解約、非更新、買収、上場廃止、支配権変更時の通知期間を見ます。 | 契約終了後に発覚した請求を通知できない可能性があります。 |
会社がD&O保険を締結・更新する場合、会社法第430条の3の対象となる範囲では、取締役会設置会社なら取締役会決議、取締役会非設置会社なら株主総会決議が問題になります。単に更新を承認するだけでなく、なぜその補償設計が会社と株主の利益に合うのかを説明できる資料が必要です。
次の表は、取締役会資料に最低限整理したい情報をまとめたものです。資料の粒度が粗いと事業報告や保険金請求にも影響するため重要です。各行を、保険証券・約款・特約・社内規程と照合する確認項目として読んでください。
| 資料項目 | 整理する内容 |
|---|---|
| 契約の基本情報 | 保険契約者、保険者、保険期間、共同保険の有無。 |
| 被保険者 | 取締役、監査役、執行役、執行役員、子会社役員、退任役員、社外派遣役員などの範囲。 |
| 保険料と会社負担 | 会社負担の有無、役員負担の有無、負担割合、経済的利益の整理。 |
| 限度額と自己負担 | 全体限度額、Side A、証券請求、サブリミット、免責金額・自己負担額。 |
| 補償と免責 | 株主代表訴訟、会社から役員への請求、第三者請求、行政調査、防御費用、故意・犯罪・違法利得など。 |
| 職務適正性措置 | 免責条項、セベラビリティ、取締役会決議、事業報告開示、会社補償との整合性。 |
| 前年からの変更点 | 限度額、保険料、特約、免責、対象者、子会社範囲、支払順位の差分。 |
次の判断の流れは、D&O保険更新時に会社法手続と開示を結びつけて確認する順番を表します。手続と開示を別々に扱うと記載漏れが起きるため重要です。上から順に、決議、資料保存、事業報告、役員選任議案、会社補償との整合性を確認します。
会社が契約者となり、役員等の責任追及リスクを填補する内容かを確認します。
取締役会設置会社では取締役会決議、非設置会社では株主総会決議が問題になります。
被保険者の範囲、内容の概要、保険料負担、職務適正性措置を保険契約と一致させます。
社内規程、補償契約、保険金請求手続、返還・免責処理に矛盾がないかを確認します。
公開会社では、会社法施行規則に基づき、事業報告に役員等賠償責任保険契約に関する事項を記載する必要がある場面があります。候補者が既存または更新予定のD&O保険の被保険者となる場合、株主総会参考書類での記載要否も確認します。
会社補償は、役員等が職務執行に関連して負担する防御費用や損失を会社が一定範囲で補償する制度です。D&O保険は保険者によるリスク移転であり、会社補償は会社自身による補償であるため、両者の対象者、対象損失、保険金請求手続、故意・違法行為認定後の返還処理を照合します。
保険条件の比較に入る前に、適法性、補償、運用の三方向から確認します。
D&O保険更新時の見直しポイントは、法令・手続、補償、事故対応の三段階で見ると整理しやすくなります。この順番は、条件比較の前に会社としての意思決定と運用可能性を確認するために重要です。各段階で、どの質問に答えられる状態にするかを読み取ってください。
決議要否、取締役会資料、議事録、事業報告、株主総会参考書類、社外役員への説明を確認します。
被保険者、請求類型、行政調査、防御費用、免責金額、支払順位、Side A優先を確認します。
通知時点、承認手続、弁護士選任、和解同意、第三者委員会、証拠保全、保険者対応を確認します。
第1段階では、会社法第430条の3に基づく決議が必要か、取締役会決議資料が十分か、議事録に主要条件が残るか、事業報告の記載と保険証券・約款が一致するかを確認します。役員選任議案がある場合は、候補者の被保険者該当性も確認します。
第2段階では、子会社、海外子会社、合弁会社、持分法適用会社、派遣役員、退任役員、相続人・配偶者・法定代理人が対象かを見ます。株主代表訴訟、会社から役員への請求、証券請求、第三者請求、行政調査、危機管理費用、防御費用の内枠・外枠も重要です。
第3段階では、誰が保険会社・ブローカーに通知するか、どの時点で請求または事情として通知するか、防御費用前払いの資料、弁護士選任と和解の同意、第三者委員会やフォレンジック費用の扱いを確認します。
子会社、海外拠点、社外役員、退任役員、会社補償との関係を棚卸しします。
D&O保険の被保険者は、取締役や監査役に限られません。執行役員、子会社役員、海外拠点責任者、社外派遣役員、清算人、過去役員、退任役員、相続人等まで広がる場合があります。更新時には、組織図、人事異動、子会社一覧、海外拠点一覧、役員兼務表、出向・派遣先一覧、合弁会社契約、M&A後のPMI資料をもとに棚卸しします。
次の表は、被保険者の範囲を組織実態に合わせるための確認項目です。対象者の漏れは、事故時に補償されない人を生むため重要です。左列の分類ごとに、現在の組織図や兼務表と保険約款の定義が一致しているかを確認してください。
| 分類 | 確認する対象 | 更新時の注意点 |
|---|---|---|
| 子会社・関連会社 | 新規取得子会社、売却済み子会社、清算会社、海外子会社、規制業種子会社。 | 子会社定義、議決権比率、支配基準、取得時期、所在国、業種制限を確認します。 |
| 派遣役員・合弁会社 | 持分法適用会社、合弁会社、社外役職、outside directorship coverage。 | 親会社の契約で対象になるか、相手方契約や現地保険との優先関係を確認します。 |
| 社外役員 | 社外取締役、社外監査役、監査等委員、監査委員。 | 株主代表訴訟、不祥事調査、倒産時Side A、退任後請求、他社保険との関係を説明できる状態にします。 |
| 退任・過去役員 | 退任役員、過去役員、新任役員、相続人、配偶者、法定代理人。 | 過去職務に関する請求、死亡・相続時の対応、役員変更時の自動追加を確認します。 |
Side A・Side B・Side Cは、D&O保険の補償構造を理解するための整理です。この比較は、会社自身への支払いと役員個人保護のバランスを見るために重要です。各行から、誰の損失を、どの場面で、どの限度額で守るかを読み取ってください。
| 区分 | 主な機能 | 更新時の見直しポイント |
|---|---|---|
| Side A | 会社が補償できない、または補償しない場合に役員個人を直接守ります。 | 個人役員用専用限度額、Side A超過保険、倒産時の支払順位、社外役員の安心を確認します。 |
| Side B | 会社が役員を補償した場合に、会社の支出を保険が填補します。 | 会社補償規程との整合、立替えた防御費用の回収時期、補償禁止損失との境界を確認します。 |
| Side C | 会社自身に対する証券関連請求を補償します。 | 会社への支払いが限度額を消費し、役員個人の防御費用を圧迫しないかを確認します。 |
社外役員向けには、どの法人の役職が対象か、株主代表訴訟や証券請求で防御費用が支払われるか、故意・犯罪・違法利得の免責がどの段階で適用されるか、退任後も対象かを説明できるようにします。
支払限度額、自己負担、サブリミット、免責の発動時点を実務目線で見直します。
D&O保険の支払限度額は、訴額だけで決めるものではありません。防御費用、調査費用、専門家費用、複数役員の弁護士費用、行政対応、和解金、海外手続費用、翻訳費用、フォレンジック費用、広報対応費用が積み上がるためです。
次の一覧は、限度額・自己負担・免責・サブリミットで重点的に見る要素を整理したものです。ここを見落とすと、保険証券上の大きな限度額があっても実際の事故で使いにくくなるため重要です。各項目から、自社の事故シナリオで資金が先に尽きる部分を読み取ってください。
会社規模、時価総額、売上高、純資産、負債水準、上場区分、株主構成、過去不祥事、海外売上比率を踏まえます。
中小規模の請求で保険が使えない状態にならないか、社外役員へ心理的不安を与えないかを見ます。
第三者委員会、内部調査、行政調査、危機管理、広報、身柄拘束、資産凍結、雇用関連費用を確認します。
疑惑段階で直ちに免責となるのか、最終的な司法判断や確定的認定まで防御費用が維持されるのかを見ます。
一部役員の知識、告知違反、違法行為が、他の善意の役員に自動的に帰属しない設計かを確認します。
株主代表訴訟、破産管財人請求、独立調査に基づく請求、少数株主請求の例外があるかを確認します。
次の比較表は、免責事由を読むときの実務上の焦点をまとめたものです。免責文言は短く見えても事故時の支払可否を左右するため重要です。列ごとに、免責の対象、発動時点、他の役員への波及を分けて確認してください。
| 論点 | 確認する文言 | 実務上の着眼点 |
|---|---|---|
| 故意・犯罪 | 犯罪行為、故意の法令違反、違法利得、インサイダー取引、贈収賄。 | 訴状上の主張だけで止まらず、確定判断まで防御費用が維持されるかを確認します。 |
| 既知事情・過去訴訟 | 更新前に知っていた事情、過去・継続中の訴訟、関連請求。 | 更新時の質問票・告知書が将来の免責主張の根拠にならないよう精査します。 |
| 専門業務・身体障害・財物損壊 | 専門業務責任、身体障害、財物損壊、汚染、雇用慣行、年金・福利厚生。 | D&O以外の保険との境界と、役員責任請求に発展した場合の扱いを確認します。 |
| 制裁法令 | 制裁対象国、制裁対象者、制裁法令による支払制限。 | 海外取引や海外子会社がある企業では、保険金支払の実効性まで確認します。 |
通知、弁護士選任、和解同意、第三者委員会、行政調査の動かし方を確認します。
D&O保険の価値は、最終的な損害賠償金だけでなく、防御費用を早期に支払えるかにあります。企業不祥事、証券訴訟、海外訴訟、刑事・行政対応、第三者委員会が絡む場面では、専門性の高い弁護士や調査専門家の選任が必要になります。
次の一覧は、事故発生時に確認する実務手順を並べたものです。事故時は通知遅れや承認漏れが保険金支払に影響するため重要です。番号順に、社内の責任者、保険者承認、専門家選任、和解同意、証拠保全を読み取ってください。
正式な訴状だけでなく、調査開始や当局照会が通知対象になるかを約款で確認します。
期限事前承認、緊急時の事後承認、費用単価、複数弁護士、海外専門家費用、返還義務を確認します。
費用自由選任か、保険者同意やパネル制があるかを確認し、複数役員の利益相反に備えます。
選任保険者同意なしの和解が争点にならないよう、対象部分と対象外部分の按分を整理します。
同意次の判断の流れは、事故の端緒から保険利用までを実務でつなげる順番を表しています。早期に通知しながら証拠保全と秘匿性を守るために重要です。上から順に、端緒把握、通知判断、承認取得、専門家対応、記録保存へ進みます。
内部通報、監査指摘、行政照会、株主請求、報道、訴訟予告を集約します。
約款上の請求または事情に該当する可能性を確認します。
防御費用、専門家選任、和解同意の条件を確認します。
証拠保全、秘匿性、開示対応と矛盾しないよう進めます。
第三者委員会、社内調査、デジタルフォレンジック、公認会計士・税理士・不正調査専門家、PR会社、危機管理コンサルタントの費用は、商品や特約によって扱いが分かれます。調査のきっかけ、当局からの正式通知の有無、役員個人への責任追及との関連性、サブリミット、事前承認の有無を確認します。
行政調査や刑事手続では、金融商品取引法、独禁法、下請法、個人情報保護法、労働法、薬機法、建設業法、外為法、輸出管理、環境法令、贈収賄規制など、業種に応じた当局対応が役員責任に発展することがあります。
技術・データ・開示の新しいリスクを、役員責任保険の対象と免責から点検します。
サイバー事故、個人情報漏えい、生成AI、サステナビリティ開示、人的資本開示は、一次的には別部門のテーマに見えても、取締役会の監督責任や開示統制に接続します。D&O保険更新時には、他保険との重複と隙間も含めて確認します。
次の一覧は、新しい経営リスクをD&O保険の視点で整理したものです。技術・開示・ガバナンスの問題は役員責任請求へ発展し得るため重要です。自社の事業や投資家説明で強調している領域ほど、補償範囲と免責の確認が必要だと読み取ってください。
重大事故では、情報セキュリティ投資、取締役会監督、適時開示、再発防止が問われることがあります。サイバー保険との境界、フォレンジック、本人通知、広報費用、サイバー免責を確認します。
気候変動、人権、サプライチェーン、Scope 3、将来情報、目標未達、グリーンウォッシングは、投資家からの責任追及や当局対応に発展し得ます。
サイバー事故では、事故対応費用はサイバー保険、役員責任請求はD&O保険という役割分担が考えられます。ただし、行政対応、投資家開示、株主代表訴訟、役員防御費用が重なり合うため、両方の約款を並べて確認します。
AI関連事業を投資家向けに強調している企業では、投資家説明資料、統合報告書、プレスリリース、AI倫理・AIガバナンス規程、専門業務免責・製品免責・サイバー免責との関係を確認します。
サステナビリティ情報や人的資本開示では、単なるIR・広報ではなく、取締役会の監督責任、開示統制、内部統制、監査、保証、リスク管理の問題としてD&O保険に接続します。
組織再編、資本政策、海外展開、倒産局面、非上場会社の責任追及リスクを確認します。
M&A、IPO、上場廃止、事業再編、海外展開がある年のD&O保険更新は、通常年と同じ扱いにできません。買収前行為と買収後行為、売却済み子会社、ランオフ保険、延長報告期間、海外現地法、制裁法令が補償の成否を左右します。
次の表は、特殊イベントごとにD&O保険更新時の確認点を整理したものです。組織や市場環境が変わる年は補償範囲も変わるため重要です。各行から、過去行為、将来行為、海外支払、個人役員保護のどこに空白が出やすいかを読み取ってください。
| イベント | 確認する論点 | 特に注意する補償空白 |
|---|---|---|
| M&A・事業再編 | 買収前行為と買収後行為、売却済み子会社、取得子会社の既存保険、表明保証保険との役割分担。 | 支配権変更時に既存保険がランオフ化し、買収後の行為が対象外となる可能性。 |
| IPO・上場会社化 | 上場前保険と上場会社用保険、目論見書、有価証券届出書、ロードショー資料、証券請求。 | 上場前行為に対する請求が上場後保険で対象になるか不明な状態。 |
| MBO・上場廃止・倒産 | Side A専用限度額、倒産時の支払順位、管財人請求、延長報告期間、会社補償が機能しない場面。 | 役員個人の防御費用に限度額が残らない状態。 |
| 海外・米国リスク | 全世界補償、米国・カナダ証券請求、ローカルポリシー、制裁法令、海外弁護士費用、eディスカバリ。 | 現地付保規制や制裁法令により、保険金支払が実効しない状態。 |
| 非上場会社・中小企業 | 債権者請求、親族株主・少数株主紛争、事業承継、労務紛争、個人情報漏えい、VC・共同創業者との対立。 | 限度額を低くしすぎ、役員個人資産や社外役員招聘の安心が確保できない状態。 |
海外リスクでは、保険料だけでなく、保険者の国際ネットワーク、クレーム対応能力、現地法令知見、ローカルポリシー発行能力、制裁法令対応が重要です。英文開示、海外投資家向け説明、ADR、Form 20-Fに関連する請求も確認します。
120日前、90日前、60日前、30日前の順に、社内外の準備を進めます。
D&O保険更新は、満期直前に見積りを比べる作業ではありません。120日前からリスク情報を集め、90日前に市場へ打診し、60日前に法務レビューと取締役会資料を作り、30日前に決議・契約・社内展開まで進めると、告知や開示の精度が高まります。
次の時系列は、更新実務の標準的な進め方を示しています。期限を逆算しないと取締役会決議や事業報告の準備が遅れるため重要です。上から順に、情報収集、市場確認、法務レビュー、決議・展開のどこで何を完了するかを読み取ってください。
役員・子会社・海外拠点一覧、M&A・資金調達・上場準備計画、内部通報、不祥事、行政対応、訴訟、監査指摘、サイバー事故、株主構成を収集します。
ブローカーまたは保険会社へ情報を提供し、補償範囲、特約、免責、サブリミット、支払順位、ランオフ条件を交渉します。
約款・見積書・証券案をレビューし、更新理由、前年差分、被保険者、限度額、免責、会社補償・責任限定契約との関係を整理します。
取締役会決議、契約締結、保険料支払い、役員説明、事業報告用情報の保存、通知先と初動手順の共有を行います。
更新直前の追加質問には慎重に対応します。既知事情、潜在請求、内部通報、不正疑義、会計問題、サイバー事故、行政照会の有無に関する回答は、将来の免責・告知義務違反の争点になり得ます。
決議文、主要条件、前年差分、職務適正性措置を取締役会資料に落とし込みます。
取締役会資料は、D&O保険更新の理由と主要条件を特定し、職務執行の適正性を損なわない措置を説明できる構成にします。議事録では、単に更新を承認したとだけ残すのではなく、対象契約、主要条件、説明資料、決議結果を後から確認できるようにします。
次の表は、取締役会資料に盛り込む実務モデルを項目別に整理しています。将来の監査、株主対応、保険金請求、事業報告作成時にも参照されるため重要です。左列の項目ごとに、右列の内容が証券案・約款・特約に基づいて記載されているかを確認してください。
| 項目 | 記載すべき内容 |
|---|---|
| 契約者 | 会社名。 |
| 保険者 | 保険会社名、共同保険の有無。 |
| 保険期間 | 開始日・終了日。 |
| 被保険者 | 取締役、監査役、執行役、執行役員、子会社役員、退任役員等の範囲。 |
| 支払限度額 | 全体限度額、Side A、証券請求、サブリミット。 |
| 免責金額 | 請求類型別の自己負担額。 |
| 保険料 | 金額、会社負担の有無、役員負担の有無。 |
| 主な補償 | 損害賠償金、防御費用、会社補償、証券請求、調査費用等。 |
| 主な免責 | 故意、犯罪、違法利得、既知事情、過去訴訟等。 |
| 職務適正性措置 | 免責条項、セベラビリティ、取締役会決議、事業報告開示等。 |
| 前年差分 | 限度額、保険料、特約、免責、対象者、子会社範囲の変更。 |
詳細資料は別紙として添付または保管し、事業報告や株主総会参考書類の作成、保険金請求、社外役員への説明に再利用できるようにします。
事業報告の記載ミスを防ぎ、関係部門と保険会社への確認事項を整理します。
事業報告では、保険の存在を形式的に書くだけでは不十分です。被保険者の範囲、契約内容の概要、保険料負担、職務執行の適正性を損なわない措置を、実際の保険契約と一致させます。役員候補者が被保険者になる予定である場合は、株主総会参考書類の記載要否も確認します。
次の表は、D&O保険更新に関わる部門・専門家の役割分担を示しています。保険担当だけで進めると会社法、開示、税務、サイバー、M&Aの論点が分断されるため重要です。各行から、自社で誰を会議体に入れるべきかを読み取ってください。
| 部門・専門家 | 主な役割 |
|---|---|
| 法務部・企業内弁護士 | 約款レビュー、会社法手続、取締役会資料、訴訟・請求リスク評価。 |
| 商事法務担当 | 取締役会決議、事業報告、株主総会参考書類、議事録管理。 |
| 外部弁護士 | 会社法、金融商品取引法、不祥事、M&A、海外リスク、保険紛争の助言。 |
| コンプライアンス担当 | 内部通報、行政対応、不祥事リスク、研修・規程整備。 |
| リスクマネジメント担当 | 全社リスク評価、保険プログラム全体の設計。 |
| 内部監査担当 | 統制不備、監査指摘、再発防止、取締役会報告の確認。 |
| 経理財務・公認会計士 | 開示、会計不正、監査法人対応、支払限度額検討。 |
| 税理士・税務担当 | 保険料負担、税務調査、組織再編税制との接点。 |
| 情報セキュリティ・プライバシー担当 | サイバー事故、個人情報漏えい、フォレンジック、報告義務。 |
| 人事労務・社労士 | 労務不祥事、ハラスメント、役員・従業員境界、雇用関連請求。 |
| M&A・経営企画 | 買収・売却・PMI・資本政策・IPO・上場廃止。 |
| IR・サステナビリティ担当 | 投資家説明、統合報告書、サステナビリティ開示、人的資本開示。 |
| 保険ブローカー | 市場比較、条件交渉、保険者選定、クレーム支援。 |
| 保険会社 | 引受判断、約款提示、保険金支払、事故対応。 |
専門職ごとの視点も横断的に整理します。弁護士は防御戦略、和解、証拠保全、利益相反管理を見ます。商事法務担当は会社法手続、事業報告、株主総会参考書類、議事録を一体で管理します。会計・税務専門家は会計不正、内部統制、監査法人対応、保険料負担を見ます。内部監査とコンプライアンスは、D&O保険を事故後の保険だけでなく、監督義務を示す統制資料の保存にもつなげます。
よくある失敗を避け、会社法、開示、補償、事故対応、特殊イベントを総点検します。
D&O保険更新でよくある失敗は、前年契約をそのまま前提にすること、取締役会決議を形式化すること、事業報告を前年流用すること、保険通知を遅らせること、サイバー保険との隙間を見落とすこと、M&A時のランオフを忘れることです。
次の一覧は、更新実務で起きやすい失敗と予防策を整理したものです。更新作業の終盤で抜け漏れを発見すると修正時間が足りなくなるため重要です。各項目から、自社の前年資料や現在の事故対応手順で同じ弱点がないかを読み取ってください。
新任・退任役員、子会社再編、海外展開、M&A、内部通報、開示制度改正、株主構成変化を反映します。
保険料ではなく、補償内容、免責、職務適正性措置、前年差分を中心に説明します。
保険期間、被保険者範囲、保険料負担、免責事由、特約の変更を確認します。
内部通報、行政照会、内容証明、帳簿閲覧請求、監査法人指摘、報道が通知対象になり得るかを確認します。
事故対応費用と役員責任請求の境界を両方の約款で確認します。
支配権変更後の過去行為請求に備え、ランオフ保険または延長報告期間を確認します。
Side A・Side B・Side C、請求主義、ランオフ保険などの用語を整理します。
D&O保険更新時には、保険実務・会社法・開示実務で使う用語を関係者間でそろえることが大切です。次の表は、取締役会資料や保険会社との協議で出やすい用語を整理したものです。左列の用語を見たときに、右列の意味を共通理解として確認してください。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| D&O保険 | Directors and Officers Liability Insuranceの略。会社役員賠償責任保険。役員等が職務に関連して責任追及を受けた場合の損害賠償金、防御費用等を補償する保険。 |
| 役員等賠償責任保険契約 | 会社法上の概念。役員等が職務執行に関して責任追及を受けること等により生ずる損害を填補する保険契約。 |
| 株主代表訴訟 | 株主が会社に代わって取締役等の責任を追及する訴訟。D&O保険の典型的リスクの一つ。 |
| 防御費用 | 訴訟、調査、行政対応等において発生する弁護士費用、専門家費用、証拠保全費用等。 |
| Side A | 会社が役員を補償できない、または補償しない場合に、役員個人を直接補償する機能。 |
| Side B | 会社が役員を補償した場合に、その会社の支出を保険が補償する機能。 |
| Side C | 会社自身に対する証券関連請求等を補償する機能。日本の約款名称とは一致しない場合があります。 |
| セベラビリティ | 一部の役員の知識、告知違反、違法行為、免責事由を、他の善意の役員に自動的に帰属させない考え方。 |
| 請求主義 | 保険期間中に請求がなされたかを中心に補償を判断する方式。 |
| 延長報告期間 | 保険契約終了後も、一定期間、過去行為に関する請求を通知できる期間。 |
| ランオフ保険 | M&A、支配権変更、上場廃止、清算等に際して、過去行為に関する請求に備えるための保険。 |