2σ Guide

懲戒解雇時の
退職金不支給条項の有効性

懲戒解雇が有効でも、退職金を当然に全額不支給にできるとは限りません。規程の有無、懲戒解雇の有効性、不支給・減額の相当性を分けて確認します。

3段階 条項・解雇・不支給を別々に確認
5年 退職金請求で意識する消滅時効
30日 解雇予告手当との区別も確認
本ページは株式会社Dプロフェッションズ(医師/医療機関/弁護士/弁護士法人ではありません)が運営しています。
一般的な情報提供を目的としており医療上の助言や法律相談等を行うものではありません。
広告(PR)を掲載しています。広告は編集内容や推奨を意味しません。
Video

懲戒解雇時の 退職金不支給条項の有効性

懲戒解雇が有効でも、退職金を当然に全額不支給にできるとは限りません。

動画を読み込み中…
2σ GUIDE ・ VIDEO
懲戒解雇時の 退職金不支給条項の有効性
懲戒解雇が有効でも、退職金を当然に全額不支給にできるとは限りません。
動画の文字起こし(全文テキスト)

2σ GUIDE ・ VIDEO

  • 懲戒解雇時の 退職金不支給条項の有効性
  • 懲戒解雇が有効でも、退職金を当然に全額不支給にできるとは限りません。

POINT 1

  • 懲戒解雇時の退職金不支給の要点
  • 1. 1. 条項を確認:退職金規程、不支給・減額事由、周知、退職後発覚時の扱いを確認します。
  • 2. 2. 懲戒解雇を確認:事実、根拠規定、相当性、弁明機会、過去運用との均衡を確認します。
  • 3. 3. 不支給の相当性を確認:非違行為の重大性、職務関連性、損害、勤続年数、反省、生活保障性を総合します。

POINT 2

  • 懲戒解雇時の退職金不支給の要点
  • 退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。
  • 「懲戒解雇時の退職金不支給条項の有効性」は、企業法務と労務法務の交差点にある典型的な高リスク論点です。
  • 結論からいえば、懲戒解雇時に退職金を全部又は一部支給しない旨の条項は、直ちに無効とはいえません。
  • しかし、その条項があるからといって、懲戒解雇であれば常に退職金を全額不支給にできるわけではありません。

POINT 3

  • 懲戒解雇時の退職金不支給で扱う範囲
  • 退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。
  • 取締役、監査役、執行役、業務委託者の退職慰労金、成功報酬、役員報酬とは法的枠組みが異なります。

POINT 4

  • 懲戒解雇時の退職金不支給が争われる理由
  • 退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。
  • 懲戒解雇は、労働者に対する最も重い懲戒処分です。
  • 一方、退職金は労働者にとって退職後の生活設計の基礎となることが多いです。
  • 退職金額が数百万円から数千万円に及ぶ場合、全額不支給は、懲戒解雇そのものとは別に重大な経済的不利益となります。

POINT 5

  • 懲戒解雇時の退職金不支給に関わる基本概念
  • 退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。
  • 2.1 懲戒解雇とは何か
  • 2.2 退職金とは何か
  • 2.3 退職金不支給条項とは何か

POINT 6

  • 懲戒解雇時の退職金不支給を判断する三段階
  • 退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。
  • 3.1 第一段階: 条項の成立と効力
  • 3.2 第二段階: 懲戒解雇の有効性
  • 3.3 第三段階: 退職金不支給の相当性

POINT 7

  • 懲戒解雇時の退職金不支給に関する判例の読み方
  • 1. 三晃社事件:退職金減額条項が直ちに公序良俗違反になるわけではないことを示す出発点です。
  • 2. 小田急電鉄事件:懲戒解雇が有効でも、過去の勤続の功をすべて失わせるほどではないとして一部支給が問題になりました。
  • 3. みずほ銀行事件:情報漏えいの重大性や職務上の信頼が重視され、全額不支給が肯定されました。
  • 4. 京都市事件:長期勤続や少額の事情があっても、職務上の信用失墜が重い場合は支給制限が問題になります。

POINT 8

  • 退職金不支給の相当性を左右する判断要素
  • 非違行為の重大性
  • 横領、背任、秘密漏えいなど職務上の信頼を直接損なう行為は、不支給方向の事情として重く見られます。
  • 勤続と功労
  • 長期勤続、懲戒歴の有無、表彰歴、過去の貢献は、全額不支給が過酷かを考える材料になります。

まとめ

  • 懲戒解雇時の 退職金不支給条項の有効性
  • 懲戒解雇時の退職金不支給の要点:結論は三段階で決まります
  • 懲戒解雇時の退職金不支給の要点:退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。
  • 懲戒解雇時の退職金不支給で扱う範囲:退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。
  • 本動画は一般的な情報提供であり、法律上の助言ではありません。記載の数値・金額・期間は目安です。個別事情で結論は変わります。
Overview

懲戒解雇時の退職金不支給の要点

懲戒解雇が有効でも、退職金を当然に全額不支給にできるとは限りません。規程の有無、懲戒解雇の有効性、不支給・減額の相当性を分けて確認します。

懲戒解雇時の退職金不支給では、懲戒解雇そのものが有効かという問題と、退職金を全部または一部支給しないことが相当かという問題を分けて考えます。退職金には賃金後払い、功労報償、生活保障という複数の性質があるため、非違行為が重くても機械的な没収は争点になります。

次の要点一覧は、判断の出発点を短く整理したものです。どの点でつまずくと不支給判断が揺らぐかを把握するために重要です。まずは規程、懲戒解雇、不支給相当性の順番で確認してください。

結論は三段階で決まります

退職金不支給条項の明確性と周知、懲戒解雇の有効性、過去の勤続の功を失わせるほどの背信性がそろうかを確認します。懲戒解雇が有効でも、全額不支給が常に有効になるわけではありません。

次の判断の流れは、社内検討で確認する順番を表しています。この順番で見ると、規程の不備と事実認定の不備を早い段階で発見できます。各段階で止まる場合は、退職金不支給や減額の結論を再検討してください。

退職金不支給を検討する順番

1. 条項を確認

退職金規程、不支給・減額事由、周知、退職後発覚時の扱いを確認します。

2. 懲戒解雇を確認

事実、根拠規定、相当性、弁明機会、過去運用との均衡を確認します。

3. 不支給の相当性を確認

非違行為の重大性、職務関連性、損害、勤続年数、反省、生活保障性を総合します。

Section 01

懲戒解雇時の退職金不支給の要点

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

「懲戒解雇時の退職金不支給条項の有効性」は、企業法務と労務法務の交差点にある典型的な高リスク論点です。結論からいえば、懲戒解雇時に退職金を全部又は一部支給しない旨の条項は、直ちに無効とはいえません。しかし、その条項があるからといって、懲戒解雇であれば常に退職金を全額不支給にできるわけではありません。

裁判実務では、退職金の性質を、賃金の後払い、功労報償、退職後の生活保障という複合的なものとして捉えます。そのため、退職金不支給条項の有効性は、第一に条項そのものが就業規則、退職金規程、労働協約等に明確に定められ、周知されているか、第二に懲戒解雇自体が有効か、第三に当該非違行為が労働者のそれまでの勤続の功を抹消又は大きく減殺するほど重大な背信行為といえるか、という段階的な判断によって決まります。

厚生労働省の裁判例解説も、退職金の減額や不支給を定めること自体は認められる一方、労働者のそれまでの功績を失わせるほどの重大な背信行為がある場合などに限られるという方向性を示しています。

このページは、企業経営者、法務担当、労務担当、社会保険労務士、弁護士、企業内弁護士、外部弁護士、コンプライアンス担当、内部監査担当、経営コンサルタント、公認会計士、税理士、中小企業診断士、研究者等が、懲戒解雇時の退職金不支給条項の有効性を検討するための実務的かつ理論的な整理です。

Section 02

懲戒解雇時の退職金不支給で扱う範囲

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

このページが対象とするのは、会社と労働者の雇用関係における退職金です。取締役、監査役、執行役、業務委託者の退職慰労金、成功報酬、役員報酬とは法的枠組みが異なります。中小企業退職金共済制度、確定給付企業年金、確定拠出年金、特定退職金共済など、外部制度を利用する場合には、就業規則上の不支給条項だけで完結しないことがあります。

このページは公開記事用の一般的な法務解説であり、個別案件の法的意見書ではありません。実際の懲戒解雇、退職金不支給、返還請求、労働審判、訴訟対応では、事実関係、規程文言、過去運用、証拠、本人の弁明機会、企業規模、職責、損害、社会的影響を精査する必要があります。

Section 03

懲戒解雇時の退職金不支給が争われる理由

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

懲戒解雇は、労働者に対する最も重い懲戒処分です。会社から見れば、横領、情報漏えい、重大なハラスメント、職場内暴力、業務妨害、背任的競業、重大な経歴詐称、長期無断欠勤などがあった場合、企業秩序を維持するために厳格な対応が必要になります。

一方、退職金は労働者にとって退職後の生活設計の基礎となることが多いです。退職金額が数百万円から数千万円に及ぶ場合、全額不支給は、懲戒解雇そのものとは別に重大な経済的不利益となります。したがって、裁判所は、懲戒解雇が有効かという問題と、退職金をどこまで不支給にできるかという問題を、関連しつつも別個に審査します。

企業法務上の核心は次の点にあります。

  1. 退職金不支給条項は、どのように定めれば有効になりやすいか。
  2. 懲戒解雇が有効なら、当然に退職金も全額不支給にできるのか。
  3. 全額不支給、一部不支給、減額支給の線引きは何か。
  4. 私生活上の犯罪、情報漏えい、横領、競業、ハラスメントでは判断がどう変わるか。
  5. 退職後に非違行為が発覚した場合、支給前なら不支給にできるか、支給後なら返還請求できるか。
  6. 就業規則、退職金規程、懲戒規程、調査報告書、処分通知書をどのように設計するか。

このページでは、これらを順に検討します。

Section 04

懲戒解雇時の退職金不支給に関わる基本概念

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

2.1 懲戒解雇とは何か

懲戒解雇とは、企業秩序違反に対する制裁として、労働契約を終了させる懲戒処分です。単なる普通解雇とは異なり、会社が労働者に対して制裁を科す性質を持ちます。そのため、使用者が自由に懲戒解雇できるわけではありません。

労働契約法15条は、懲戒について、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には無効とします。労働契約法16条は、解雇について、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合には無効とします。懲戒解雇には、懲戒としての規制と解雇としての規制が重なります。

また、フジ興産事件最高裁判決は、使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則に懲戒の種別及び事由を定め、かつ対象労働者に周知させる手続が必要と判示しています。

したがって、懲戒解雇の有効性を判断する際には、少なくとも次の観点が必要です。

次の比較表は、2.1 懲戒解雇とは何かを整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

検討項目実務上の意味
根拠規定就業規則等に懲戒解雇事由と処分の種類が定められているか
周知規程が労働者に閲覧可能で、適用可能な状態にあったか
該当性実際の行為が規程上の懲戒解雇事由に該当するか
客観的合理性証拠により事実が裏付けられているか
社会的相当性行為の性質、態様、結果、職責、過去処分、反省、損害、過去運用との均衡から処分が重すぎないか
手続弁明機会、調査、証拠保全、処分通知、社内手続が適切か

退職金不支給の前提として、まず懲戒解雇自体が有効ですことが重要です。懲戒解雇が無効であれば、退職金不支給も根拠を失うことが多いです。

2.2 退職金とは何か

日本法において、会社は必ず退職金制度を設けなければならないわけではありません。しかし、就業規則、退職金規程、労働協約、雇用契約書、賃金規程、過去の確立した労使慣行などによって支給条件が明確になっている場合、退職金は労働契約上の権利となります。

厚生労働省は、退職金について、就業規則や労働協約により支給条件が明確に定められている場合には、労働基準法11条の「労働の対償」としての賃金に該当し、その法的性格は賃金後払い的性格、功労報償的性格、生活保障的性格を併せ持つと整理しています。

退職金の性質は、制度設計によって濃淡があります。

次の比較表は、2.2 退職金とは何かを整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

退職金の性質内容不支給判断への影響
賃金後払い的性格在職中の労務提供の対価を退職時にまとめて支給する性格強いほど全額不支給は制限されやすい
功労報償的性格長年の貢献、忠実勤務、企業への功績に対する報償非違行為により功労評価が減殺される余地があります
生活保障的性格退職後の生活資金としての性格全額不支給が過酷かどうかの判断要素になる

給与額と勤続年数に機械的に連動する退職金ほど、賃金後払い的性格が強く評価されやすい。逆に、役職、職責、会社への貢献度、懲戒歴、業績貢献などを評価する制度では、功労報償的性格が相対的に強くなります。

2.3 退職金不支給条項とは何か

退職金不支給条項とは、一定の退職事由又は非違行為がある場合に、退職金の全部又は一部を支給しないとする規定です。典型例は次のような条項です。

> 労働者が懲戒解雇された場合、会社は退職金の全部又は一部を支給しないことがあります。

厚生労働省のモデル就業規則も、退職金制度を設ける場合の規定例として、懲戒解雇された者には退職金の全部又は一部を支給しないことがあります旨を示しています。また、退職金制度を設けたときは、適用労働者の範囲、支給要件、額の計算、支払方法、支払時期などを就業規則に記載し、不支給事由又は減額事由を設ける場合には就業規則に明記する必要がありますと説明しています。

重要なのは、「懲戒解雇された者には退職金を支給しない」と断定的に書いてあっても、裁判上は常に機械的適用が認められるとは限らない点です。規定の存在は必要条件であって、十分条件ではありません。

Section 05

懲戒解雇時の退職金不支給を判断する三段階

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

懲戒解雇時の退職金不支給条項の有効性は、次の三段階で考えると整理しやすいです。

3.1 第一段階: 条項の成立と効力

まず、退職金不支給条項が労働契約の内容になっている必要があります。就業規則や退職金規程に条項が存在しても、労働者に周知されていなければ、効力が争われます。

実務上の確認事項は次のとおりです。

次の比較表は、3.1 第一段階: 条項の成立と効力を整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

確認事項企業側の注意点
就業規則又は退職金規程の存在退職金制度と不支給事由が同じ体系で整備されているか
労基署届出常時10人以上の労働者を使用する事業場では就業規則届出義務がある
周知社内ポータル、紙ファイル、イントラネット等で労働者が常時確認できるか
文言の明確性「懲戒解雇」「懲戒解雇相当」「退職後発覚」「全部又は一部」の関係が明確か
不利益変更後から不支給事由を追加した場合、労働契約法10条の合理性が問題になり得ます
過去運用同種事案で全額支給してきた実績があると平等取扱い、相当性で問題になる

退職金不支給条項は、退職金請求権の発生条件又は支給制限条件として設計する必要があります。単に「会社に損害を与えた場合は退職金を没収する」とだけ書くと、損害賠償の予定、過大な制裁、賃金全額払いとの関係が問題になりやすい。

3.2 第二段階: 懲戒解雇の有効性

退職金不支給条項が「懲戒解雇された者」を対象としている場合、懲戒解雇自体の有効性が前提となります。

懲戒解雇が無効と判断される典型例は、次のような場合です。

次の比較表は、3.2 第二段階: 懲戒解雇の有効性を整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

無効リスクのある類型
規程の根拠がない就業規則に懲戒解雇事由がない
規程が周知されていない労働者が規程を確認できない状態だった
事実認定が弱い噂や推測のみで横領、漏えい、ハラスメントを認定した
処分が重すぎる軽微な規律違反に対して直ちに懲戒解雇した
平等性を欠きます同種行為の他従業員は軽処分だった
手続が不十分弁明機会を与えず、証拠確認も不十分だった
二重処分同じ行為についてすでに懲戒処分済みです

ダイハツ工業事件最高裁判決も、懲戒解雇について、行為の性質、態様、結果、情状、使用者の対応等を踏まえて客観的合理性と社会通念上の相当性を判断しています。

3.3 第三段階: 退職金不支給の相当性

懲戒解雇が有効でも、退職金全額不支給が当然に有効になるわけではありません。小田急電鉄事件東京高裁判決は、懲戒解雇を有効としながら、退職金全額不支給は認めず、3割の支給を命じた。厚生労働省の裁判例解説では、退職金全額不支給には、労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為が必要であり、職務外の非違行為では業務上横領のような犯罪行為に匹敵する強度の背信性が必要と整理されています。

ここで重要なのは、次の区別です。

次の比較表は、3.3 第三段階: 退職金不支給の相当性を整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

判断対象問われること
懲戒解雇の有効性雇用関係を終了させるほどの企業秩序違反か
退職金不支給の有効性過去の勤続の功、賃金後払い的利益、生活保障を全部又は一部失わせるほどの背信性があるか

つまり、懲戒解雇は有効だが、退職金は一部支給すべきという結論もあり得ます。企業実務では、この点を誤ると、解雇は勝てても退職金で敗訴します。

Section 06

懲戒解雇時の退職金不支給に関する判例の読み方

懲戒解雇の有効性と退職金不支給の相当性を分けて読みます。

次の時系列は、退職金不支給をめぐる重要な判断例を、読み取るべき意味ごとに並べたものです。年月や事件名そのものよりも、懲戒解雇と退職金不支給が別に審査される点を理解するために重要です。各判断で、全額不支給が肯定された理由と制限された理由を比べてください。

基礎判例

三晃社事件

退職金減額条項が直ちに公序良俗違反になるわけではないことを示す出発点です。

全額不支給の制限

小田急電鉄事件

懲戒解雇が有効でも、過去の勤続の功をすべて失わせるほどではないとして一部支給が問題になりました。

全額不支給の肯定

みずほ銀行事件

情報漏えいの重大性や職務上の信頼が重視され、全額不支給が肯定されました。

公務員事案

京都市事件

長期勤続や少額の事情があっても、職務上の信用失墜が重い場合は支給制限が問題になります。

4.1 三晃社事件: 退職金減額条項が直ちに公序良俗違反ではないことを示す基礎判例

三晃社事件最高裁判決は、退職後に同業他社へ就職した場合、退職金を一般の自己都合退職の場合の半額とする定めが問題になった事案です。厚生労働省の裁判例解説によれば、最高裁は、同業他社への再就職を一定期間制限することを直ちに職業選択の自由等を不当に拘束するものとは認めず、退職金が功労報償的性格を併せ持つことから、半額とすることも合理性のない措置とはいえないとしました。さらに、その定めは損害賠償予定の禁止、賃金全額払いの原則、公序良俗に反しないと整理されています。

この判例の意味は、退職金減額又は不支給条項が常に無効ではないという点にあります。ただし、同事件は懲戒解雇そのものではなく、競業に関する退職金減額の事案のため、あらゆる懲戒解雇事案で全額不支給を認める根拠にはなりません。

4.2 小田急電鉄事件: 懲戒解雇有効でも全額不支給が否定された代表例

小田急電鉄事件では、鉄道会社職員が私生活上の痴漢行為により逮捕され、有罪判決を受け、余罪も自白したことなどを理由に懲戒解雇されました。会社は退職金不支給条項に基づき全額不支給としました。

東京高裁は懲戒解雇自体を有効としつつ、退職金については全額不支給を認めず、3割相当額の支給を認めた。厚生労働省の解説では、退職金には功労報償的性格だけでなく賃金後払い的性格と退職後の生活保障的意味合いがあり、全額不支給には永年の勤続の功を抹消するほどの重大な不信行為が必要とされています。

この事件の実務的意義は大きいです。職務外の犯罪行為であっても、会社の信用や業務に関連する事情があれば懲戒解雇は有効になり得ます。しかし、退職金全額不支給については、職務関連犯罪、業務上横領、秘密漏えい、会社財産侵害に匹敵する背信性が必要になりやすい。

4.3 みずほ銀行事件: 情報漏えいで全額不支給が肯定された例

みずほ銀行事件東京高裁判決は、銀行員が対外秘の行内通達等を無断で多数持ち出し、出版社等に漏えいしたことを理由に懲戒解雇され、退職金が不支給とされた事案です。労働基準判例検索によれば、原審は懲戒解雇を有効としつつ退職金については7割不支給の限度で合理性を認めたが、控訴審は退職金全額不支給を違法ではないとしました。

同判決は、金融業、銀行業にとって情報の厳格な管理と顧客等の秘密保持が企業信用維持の最重要事項であり、反復継続的な持ち出し、漏えい、現実の外部公表等から悪質性が高いとして、退職金全部不支給が信義誠実の原則に照らして許されないとはいえないと判断した。

この事件は、情報管理、金融機関、顧客情報、営業秘密、内部資料、レピュテーションリスクが絡む事案で、全額不支給が肯定され得ることを示します。

4.4 京都市事件: 公務員事案だが、支給制限判断の厳格性を考えるうえで重要

京都市事件最高裁令和7年4月17日判決は、地方公共団体が経営する自動車運送事業のバス運転手が、運賃の着服等を理由に懲戒免職となり、一般の退職手当等の全部を支給しない処分を受けた事案です。最高裁は、退職手当支給制限処分をするか、その程度をどうするかについて管理者に裁量があり、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を逸脱又は濫用した場合に違法となるとしました。さらに、公務遂行中の公金着服、職務上の運賃取扱いの重要性、発覚後の不誠実な態度等を重視し、被害額1000円が弁償済みという事情や約29年の勤続歴をしんしゃくしても、全額不支給処分は裁量権逸脱濫用とはいえないとしました。

この判例は公務員の退職手当支給制限処分に関するものであり、民間企業の退職金不支給条項にそのまま適用されるものではありません。ただし、職務遂行中の金銭着服、信頼を基礎とする職務、発覚後の態度が重視されるという点は、民間企業の実務にも参考になります。

Section 07

退職金不支給の相当性を左右する判断要素

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

次の整理は、全額不支給を肯定しやすい事情と否定しやすい事情を項目別に見るためのものです。退職金の性格と非違行為の重さを比較する際に重要です。左右の事情を見比べ、どの要素が強く出ているかを確認してください。

非違行為の重大性

横領、背任、秘密漏えいなど職務上の信頼を直接損なう行為は、不支給方向の事情として重く見られます。

勤続と功労

長期勤続、懲戒歴の有無、表彰歴、過去の貢献は、全額不支給が過酷かを考える材料になります。

手続と過去運用

弁明機会、証拠確認、同種事案の処分例が整っているかは、相当性の説明に影響します。

退職金不支給条項を実際に適用できるかは、単独の要素ではなく、複数要素の総合評価で決まります。以下の表は、企業側、労働者側双方が検討する主要要素です。

次の比較表は、5. 判断要素の体系化を整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

要素全額不支給を肯定しやすい方向全額不支給を否定しやすい方向
非違行為の類型横領、着服、背任、秘密漏えい、重大な情報持ち出し、職務上犯罪私生活上の犯罪、軽微な規律違反、偶発的ミス
職務関連性職務遂行中、職責に直接反する行為私生活上の行為で業務との関連が弱い
損害具体的財産損害、顧客流出、信用毀損、行政処分、廃業リスク損害が軽微、弁償済み、外部影響が限定的
反復性長期間、複数回、計画的、隠蔽を伴う単発、偶発、直ちに申告
職責役職者、管理職、経理担当、情報管理者、金融機関職員、運転手等の信頼職裁量や責任の限定された職務
退職金制度の性格功労報償的要素が強い給与と勤続年数に機械的に連動し、賃金後払い性が強い
勤続年数短期勤続又は過去の貢献が乏しい長期勤続で懲戒歴なし、表彰歴あり
発覚後の態度否認、隠蔽、証拠隠滅、虚偽説明、被害未回復自白、謝罪、弁償、再発防止協力
規程不支給、減額、退職後発覚、返還の明文あり規程なし、周知なし、文言不明確
過去運用同種事案で不支給実績あり同種事案で支給又は軽い処分実績あり
Section 08

懲戒解雇時の退職金不支給を類型別に見る

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

6.1 横領、着服、リベート、背任的行為

会社財産の横領、顧客から預かった金銭の着服、経費の架空請求、キックバック、リベート受領、発注権限を利用した私的利益取得は、退職金不支給が認められやすい類型です。

理由は、これらが会社との信頼関係を根本から破壊し、過去の勤続の功を否定する方向に働きやすいからです。特に、経理、購買、営業責任者、支店長、管理職、役員に近い職責を持つ従業員の場合、金銭取扱いに関する忠実義務違反は重く評価されます。

ただし、全額不支給が常に認められるわけではありません。少額、単発、弁償済み、管理体制の問題、会社側の黙認、過去処分との均衡などがあれば、一部支給が相当とされる可能性もあります。

6.2 営業秘密、顧客情報、内部資料の漏えい

営業秘密、顧客情報、個人情報、金融情報、未公表情報、技術情報、価格情報、入札情報、M&A情報などの漏えいは、近時の企業法務で最も重大な領域の一つです。

みずほ銀行事件は、金融機関における非公表情報の持ち出し、漏えい、外部公表が企業信用を大きく毀損するものとして、退職金全額不支給が肯定された例です。

企業側は、退職金不支給の有効性を支えるため、次の証拠を確保する必要があります。

次の比較表は、6.2 営業秘密、顧客情報、内部資料の漏えいを整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

証拠意味
情報管理規程当該情報の重要性、持出禁止、秘密保持義務の根拠
アクセスログ誰が、いつ、どの情報にアクセスしたか
メール、チャット、クラウドログ持ち出し、送信、共有の経路
端末フォレンジックUSB、外部ストレージ、印刷、スクリーンショットの痕跡
教育記録情報管理研修、誓約書、秘密保持誓約の履歴
外部影響報道、SNS掲載、顧客苦情、当局報告、信用毀損の状況

情報漏えいは、損害額が直ちに金銭化できないことが多いです。しかし、顧客信頼、規制対応、レピュテーション、競争優位の喪失が重大であれば、退職金不支給を正当化する方向に働きます。

6.3 ハラスメント、性犯罪、暴行、職場内違法行為

職場内でのハラスメント、性的加害、暴行、脅迫、賭博、薬物、重大な迷惑行為は、企業秩序と安全配慮義務に直結します。被害者対応、職場環境、企業の社会的信用、再発防止義務が問題になるため、退職金の減額又は不支給が認められる可能性があります。

もっとも、ハラスメント事案では、事実認定が争われやすい。被害者供述、目撃者供述、メール、チャット、録音、相談記録、過去注意履歴、行為後の対応などの証拠を慎重に整理する必要があります。

全額不支給を検討する場合は、次の事情が重要です。

  1. 行為が反復継続しているか。
  2. 権限、地位、上下関係を利用しているか。
  3. 被害の程度が重大か。
  4. 会社に安全配慮義務違反、二次被害、退職者発生等の影響が生じたか。
  5. 行為者が否認、隠蔽、報復、口止めをしたか。
  6. 過去に注意、指導、懲戒を受けていたか。

6.4 私生活上の犯罪、飲酒運転、痴漢行為

私生活上の犯罪は、会社業務との関連性が問題になります。小田急電鉄事件のように、鉄道会社が痴漢撲滅に取り組む中で、鉄道会社職員が電車内痴漢行為を行った場合、職務外であっても企業信用や職務倫理と関連し、懲戒解雇が有効となり得ます。しかし、退職金全額不支給については、職務外の非違行為という事情から、より慎重に判断されます。

私生活上の犯罪で全額不支給を認めるには、通常、次のような強い事情が必要になります。

次の比較表は、6.4 私生活上の犯罪、飲酒運転、痴漢行為を整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

強い事情
業務との密接関連運送会社運転手の重大飲酒運転、金融機関職員の詐欺、教育関係者の児童生徒被害
企業信用への深刻な影響報道、顧客離反、行政対応、取引停止
職務倫理との直接矛盾防犯、安全、信頼、財産管理を職務とする者の関連犯罪
反復性前歴や社内処分後の再犯
重大結果人身被害、重大事故、社会的非難の大きさ

私生活上の犯罪では、全額不支給ではなく、一部支給又は一定割合の減額にとどまるリスクを想定したほうがよい。

6.5 競業、引抜き、秘密持出し、退職前後の背信行為

退職前に競業会社を設立し、従業員を引き抜き、顧客情報を持ち出し、在職中に競業準備を会社に秘して進めた場合、忠実義務、競業避止義務、秘密保持義務、誠実義務違反が問題になります。

競業だけで直ちに退職金全額不支給が認められるわけではありません。労働者には退職後の職業選択の自由があります。三晃社事件でも、退職金を半額とする限度で合理性が認められた事案であり、全額不支給とは別問題です。

全額不支給を検討できるのは、単なる転職を超え、在職中から会社の機会、情報、顧客、従業員、取引先を不正に利用したような場合です。

6.6 経歴詐称、資格詐称、採用時虚偽申告

経歴詐称は、採用判断の重要事項だったかが中心です。資格、学歴、職歴、犯罪歴、懲戒歴、競業関係、反社会的勢力関係などが問題になることがあります。

退職金不支給との関係では、詐称が採用の根幹を左右し、長年の労務提供の価値を否定するほどの事情かが問われます。長期勤続後に軽微な経歴詐称が発覚した場合、懲戒解雇の有効性自体が問題になり、退職金全額不支給はさらに困難になり得ます。

Section 09

退職金不支給条項を設計する実務ポイント

条文の有無だけでなく、明確性、周知、個別判断の余地を確認します。

7.1 推奨される条項構造

退職金不支給条項は、抽象的すぎても、硬直的すぎても危険です。実務上は、次のような構造が望ましいです。

条項例退職金の不支給又は減額については、非違行為の内容、損害、職責、勤続年数、過去の懲戒歴、弁明内容などを考慮し、退職金の全部又は一部を支給しないことがある、と定める構成が考えられます。退職後発覚や返還を扱う場合は、その根拠と弁明機会も別に示します。

この文例のポイントは次のとおりです。

次の比較表は、7.1 推奨される条項構造を整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

ポイント理由
「全部又は一部」全額不支給だけでなく減額判断を可能にします
考慮要素を列挙恣意的判断ではなく裁量統制に耐える構造にします
退職後発覚を明記退職後に懲戒解雇自体はできないため、支給制限又は返還根拠を別に置きます
弁明機会を明記手続の相当性を補強します
「ことがあります」機械的没収ではなく個別判断を示します

ただし、文言を整備しても、具体的適用が過酷であれば無効又は一部無効と判断され得る。条項は出発点であり、最終判断は事案ごとの相当性に依存します。

7.2 避けるべき規程例

次のような規程は紛争リスクが高いです。

次の比較表は、7.2 避けるべき規程例を整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

問題のある文言問題点
懲戒解雇の場合は例外なく退職金を没収する個別事情を考慮しないため比例原則、信義則上問題になりやすい
会社が不適当と認めた場合は退職金を支給しません不支給事由が不明確で恣意的
会社に損害を与えた場合は退職金を損害に充当します賃金全額払い、相殺、損害賠償予定との関係で問題化しやすい
退職後に問題が見つかった場合は返還させます何が問題か、どの程度かが不明確
軽微な違反でも退職金全額不支給退職金の性格との均衡を欠きます

7.3 不利益変更として追加する場合

既存の退職金制度に後から不支給条項を追加する場合、労働条件の不利益変更が問題になります。労働契約法10条は、就業規則変更により労働条件を変更する場合、変更後の就業規則を周知し、変更に合理性があることを求めます。合理性判断では、労働者の不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、労働組合等との交渉状況等が考慮されます。

特に、すでに退職金期待が蓄積している長期勤続者に対して、後から広範な全額不支給条項を適用する場合、合理性が争われる可能性が高いです。制度改定時には、経過措置、説明、労使協議、限定的な適用範囲の設計が重要です。

Section 10

懲戒解雇と退職金不支給を決める手順

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

退職金不支給の有効性は、規程文言だけでなく、会社の判断過程にも左右されます。企業側は、次のプロセスを踏む必要があります。

8.1 事実調査

調査では、事実と評価を分けます。横領、漏えい、ハラスメント、競業などの結論を先に決めず、証拠から時系列を作ります。

次の比較表は、8.1 事実調査を整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

調査対象証拠例
行為の発生監視カメラ、ログ、帳票、メール、チャット、証言
行為者の関与端末ログ、入退館記録、承認履歴、本人供述
故意又は過失規程確認履歴、教育記録、注意履歴、隠蔽行為
損害金額、顧客影響、信用毀損、行政対応、復旧費用
情状勤続年数、表彰、懲戒歴、反省、弁償、協力

8.2 弁明機会

弁明機会は、懲戒処分の相当性を支える重要な手続です。本人に対して、疑われる事実、根拠規程、予定される処分の方向性を適切に示し、説明機会を与えます。

実務上は、面談記録を作成し、本人の発言を正確に残す。弁明書の提出期限、同席者、録音の可否、証拠閲覧範囲なども事前に整理します。

8.3 懲戒解雇と退職金不支給を別々に審査する

処分委員会又は人事委員会では、次の二段階決議にするのが望ましいです。

  1. 当該行為について懲戒解雇が相当か。
  2. 懲戒解雇を前提として、退職金を全額不支給にするのか、一部不支給にするのか、支給するのか。

議事録には、退職金の性質、勤続年数、職責、非違行為の重大性、過去功労、損害、発覚後態度、過去類似事案との均衡を明記します。これにより、後日の労働審判、訴訟、監査、取締役会報告に耐えやすくなります。

8.4 通知書の記載

懲戒解雇通知書と退職金不支給通知書は、同一書面にまとめる場合でも、論点を分けて記載します。

退職金不支給通知書には、少なくとも次を記載します。

  1. 適用する退職金規程の条文。
  2. 懲戒解雇の原因事実。
  3. 退職金不支給又は減額とする理由。
  4. 全額不支給とする場合は、なぜ一部支給では足りないか。
  5. 退職金額の算定根拠、通常支給額、不支給額。
  6. 支給する場合の支払時期、支給しない場合の根拠。
Section 11

退職金不支給に対する労働者側の反論

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

退職金不支給を争う労働者側は、次のような反論を行うことが多いです。

次の比較表は、9. 労働者側の反論構造を整理したものです。各列は検討項目と実務上の意味を示しており、判断の重点を見落とさないために重要です。行ごとの違いを見比べ、どの事情が結論に影響しやすいかを確認してください。

反論内容
規程不存在退職金不支給条項がない、又は周知されていない
懲戒解雇無効懲戒事由に該当しない、処分が重すぎる
事実誤認横領、漏えい、ハラスメント等の事実が証拠上認められない
全額不支給は過酷退職金の賃金後払い性、生活保障性、長期勤続を主張する
私生活上の行為業務との関連が弱く、会社損害がない
損害軽微弁償済み、外部影響なし、顧客被害なし
平等取扱い違反同種事案で他者は支給されている
手続違反弁明機会がない、調査不十分、処分理由不明確
退職後発覚退職後は懲戒解雇できず、返還規程もない

企業側は、これらの反論を想定して、処分前から証拠と理由を整える必要があります。

Section 12

退職後発覚時の退職金不支給と返還の考え方

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

退職後に在職中の横領、情報漏えい、競業、ハラスメントが発覚することがあります。この場合、すでに労働契約は終了しているため、退職後に新たに懲戒解雇処分を行うことは原則として困難です。

したがって、「懲戒解雇された者には退職金を支給しない」という条項だけでは、退職後発覚事案に対応しきれない可能性があります。実務上は、次のような規程を置く必要があります。

> 退職後、在職中の行為について懲戒解雇事由又はこれに準ずる重大な非違行為があったことが判明した場合、会社は退職金の全部又は一部を支給せず、又は既に支給した退職金の全部又は一部の返還を求めることがあります。

退職金支給前であれば不支給又は減額の問題となり、支給後であれば返還請求の問題になります。返還請求では、規程上の返還根拠、不当利得、信義則、権利濫用、損害賠償請求との関係が問題になります。

支給後返還は労働者側の生活設計への影響も大きいため、全額返還を求める場合には、在職中の非違行為が長年の勤続の功を抹消するほど重大な事情に当たること、返還規程が明確なこと、支給時に会社が当該事実を知らなかったこと、労働者側の隠蔽があること等が重要になります。

Section 13

中退共利用時の退職金不支給の注意点

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

中小企業退職金共済制度を利用している場合、会社の退職金規程だけで自由に不支給又は減額できるわけではありません。中退共のQ&Aは、懲戒解雇のような場合、厚生労働大臣等の認定を受けたうえで退職金を減額できるとし、退職日の翌日から起算して20日以内に退職金減額認定申請書等を送付する必要がありますと説明しています。また、全額減額はできませんとされています。

中小企業退職金共済法施行規則18条は、退職金減額の認定基準として、窃取、横領、傷害その他刑罰法規に触れる行為により企業に重大な損害を加えたこと、名誉又は信用を著しく毀損したこと、職場規律を著しく乱したこと、秘密漏えいその他の行為により職務上の義務に著しく違反したこと等を掲げています。

企業実務上は、中退共加入者について、社内規程上の「退職金不支給」と、中退共から本人へ支給される退職金の減額手続を混同してはいけません。

Section 14

退職金不支給と解雇予告手当の区別

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

懲戒解雇と退職金不支給を検討する場面では、解雇予告手当も混同されやすいです。労働基準法20条の解雇予告制度により、使用者は原則として30日前の予告又は30日分以上の平均賃金の支払が必要です。労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合に解雇予告手続を除外するには、所轄労働基準監督署長の認定を受ける必要があります。e-Gov電子申請の手続説明も、解雇予告除外認定の根拠を労働基準法20条3項等と説明しています。

つまり、社内で懲戒解雇と判断しただけで、当然に解雇予告手当が不要になるわけではありません。退職金不支給の有効性と、解雇予告手当の要否は別問題です。

Section 15

退職金請求の消滅時効と期間管理

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

退職金請求権の消滅時効にも注意が必要です。厚生労働省の資料は、賃金請求権の消滅時効について令和2年改正で5年に延長しつつ当分の間は3年とされている一方、退職金請求権は現行5年のまま変更がないと説明しています。

企業側は、退職金不支給を決定した後も、一定期間は請求、労働審判、訴訟のリスクが残ることを前提に、調査資料、議事録、証拠、本人通知、規程、支給計算資料を保存する必要があります。

Section 16

懲戒解雇時の退職金不支給チェックリスト

決裁前に確認したい事項を、規程、事実、手続、通知に分けて整理します。

懲戒解雇時に退職金不支給を検討する会社は、少なくとも次のチェックリストを確認する必要があります。

14.1 規程チェック

  • 退職金制度がどの規程に定められているか。
  • 懲戒解雇時の不支給又は減額事由が明記されているか。
  • 「全部又は一部」の調整が可能な文言か。
  • 退職後発覚、返還請求の条項があるか。
  • 規程が労働者に周知されていたか。
  • 後から追加した条項の場合、不利益変更の合理性を説明できますか。

14.2 事実チェック

  • 非違行為の発生を客観証拠で示せるか。
  • 本人の故意、認識、隠蔽を示せるか。
  • 会社の損害又は信用毀損を示せるか。
  • 業務との関連性、職責との関係を説明できますか。
  • 同種事案の過去処分と均衡しているか。

14.3 手続チェック

  • 本人に弁明機会を与えたか。
  • 調査担当者と処分決定者を適切に分けたか。
  • 処分委員会、人事委員会、取締役会等の手続を踏んだか。
  • 懲戒解雇と退職金不支給を別々に審査したか。
  • 全額不支給ではなく一部支給の可能性を検討したか。

14.4 通知チェック

  • 懲戒解雇通知書に根拠規程と事実を明記したか。
  • 退職金不支給通知書に不支給理由を明記したか。
  • 通常支給額、不支給額、計算根拠を整理したか。
  • 解雇予告手当、未払賃金、有給休暇、社会保険、離職票、源泉徴収票等の処理を別途整理したか。
Section 17

退職金不支給で会社側が負けやすい典型例

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

退職金不支給で会社側が不利になりやすい典型例は次のとおりです。

15.1 条項がない又は周知されていない

退職金規程に不支給事由がない場合、懲戒解雇だけを理由に退職金を不支給にすることは難しいです。懲戒規程には懲戒解雇が定められていても、退職金規程に支給制限がない場合は注意が必要です。

15.2 懲戒解雇は有効だが、全額不支給の理由が弱い

小田急電鉄事件型のリスクです。懲戒解雇には相当な理由があるが、過去の長期勤続、私生活上の行為、会社損害の限定性、退職金の賃金後払い性などにより、全額不支給までは過酷とされることがあります。

15.3 会社が損害填補目的で退職金を没収している

退職金不支給は、損害賠償の簡便な回収手段ではありません。会社に損害があるなら、損害賠償請求として損害額、因果関係、過失相殺等を立証する必要があります。退職金不支給は、あくまで退職金請求権の発生又は支給制限の問題として整理する必要があります。

15.4 過去処分との均衡がない

過去の同種事案で退職金を支給していた場合、なぜ今回だけ全額不支給なのかを説明する必要があります。平等取扱い、信義則、権利濫用の観点から争われます。

15.5 調査が粗い

証拠が不十分なまま、会社の感情、報道対応、経営陣の怒りだけで処分すると、懲戒解雇も退職金不支給も無効リスクが高まります。特にハラスメント、情報漏えい、競業事案では、証拠の質が勝敗を左右します。

Section 18

退職金不支給で労働者側が主張しやすいポイント

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

労働者側が退職金請求を検討する場合、次の点を確認します。

  1. 退職金規程を入手し、不支給事由の有無と文言を確認します。
  2. 会社が規程を周知していたか確認します。
  3. 懲戒解雇通知書の理由が具体的か確認します。
  4. 自分の行為が懲戒解雇事由に本当に該当するか確認します。
  5. 退職金全額不支給とするほど重大な背信行為か検討します。
  6. 勤続年数、表彰、勤務成績、懲戒歴なし、弁償、謝罪、業務外性を整理します。
  7. 同種事案の社内処分、過去運用を調べます。
  8. 支給対象となる退職金額、計算根拠、遅延損害金を確認します。

退職金は高額になりやすいため、懲戒解雇自体を争わない場合でも、退職金の一部支給を求める交渉、労働審判、訴訟が成立することがあります。

Section 19

懲戒解雇時の退職金不支給に関するFAQ

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

Q1. 懲戒解雇なら退職金は必ず不支給にできますか。

一般的には、懲戒解雇が有効であっても、退職金を当然に全額不支給にできるとは限らないとされています。退職金の性格、非違行為の重大性、勤続年数、損害、手続、過去運用によって結論が変わる可能性があります。具体的な対応は、資料を整理したうえで弁護士等の専門家へ相談する必要があります。

Q2. 就業規則に不支給条項があれば十分ですか。

一般的には、条項の存在だけでなく、労働者への周知、文言の明確性、個別事情を考慮できる構造が重要とされています。規程追加が不利益変更に当たる場合もあるため、具体的な有効性は事情によって変わります。

Q3. 私生活上の犯罪でも全額不支給になりますか。

一般的には、私生活上の行為でも職務との関連、企業信用への影響、職責、被害の重大性によって問題になる可能性があります。ただし、業務との関連が弱い場合は全額不支給が過酷と評価される可能性もあります。

Q4. 横領なら少額でも全額不支給になりますか。

一般的には、横領や着服は企業秩序への背信性が強い類型とされています。ただし、金額、反復性、隠蔽、弁償、職責、勤続年数などで相当性の判断は変わります。

Q5. 退職金不支給と損害賠償請求は同じですか。

一般的には、退職金不支給は退職金制度上の支給制限であり、損害賠償請求とは別に考えられます。損害填補のために退職金を当然に充当する扱いは、賃金全額払いなどとの関係で問題になる可能性があります。

Q6. 退職後に横領が発覚した場合、退職金返還を求められますか。

一般的には、退職後に懲戒解雇自体を行うことは困難とされます。返還を求めるには、退職後発覚時の支給制限や返還根拠、支給前後の事実関係、規程の明確性などが問題になります。

Q7. 中退共に加入している場合も会社規程で全額不支給にできますか。

一般的には、中小企業退職金共済制度では、会社の社内規程だけで共済退職金を自由に全額不支給にすることはできないとされています。減額には制度上の手続や認定が関係するため、通常の社内退職金とは分けて確認する必要があります。

Section 20

懲戒解雇時の退職金不支給の実務上の結論

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

懲戒解雇時の退職金不支給条項の有効性について、企業法務の実務結論は次のように整理できます。

第一に、退職金不支給条項は、適切に設計され、周知されていれば、一般論として有効になり得ます。三晃社事件や厚生労働省の整理からも、退職金が功労報償的性格を有する以上、重大な背信行為に対して減額又は不支給を定めること自体は否定されない。

第二に、退職金不支給条項は、懲戒解雇をした瞬間に自動的に全額不支給を実現する万能条項ではありません。退職金には賃金後払い的性格と生活保障的性格があるため、全額不支給には、長年の勤続の功を抹消するほどの重大な背信行為が必要とされることが多いです。

第三に、全額不支給が認められやすいのは、職務上又は職務と密接に関連する横領、着服、秘密漏えい、重大な背任的競業、企業信用を根本から損なう行為です。みずほ銀行事件のように、情報管理が事業の根幹となる企業における反復継続的な重大情報漏えいは、全額不支給を肯定されやすいです。

第四に、私生活上の犯罪や業務関連性の弱い非違行為では、懲戒解雇が有効であっても、退職金全額不支給は否定され、一部支給が命じられるリスクがあります。

第五に、企業は、退職金不支給を損害回収の手段として安易に使うべきではありません。規程設計、証拠保全、弁明機会、処分理由、全額不支給と一部支給の比較検討を記録化し、後日の司法審査に耐え得る判断過程を残す必要があります。

第六に、退職後発覚、外部退職金制度、中退共、解雇予告手当、消滅時効などの周辺論点を見落とすと、企業側に予期せぬ支払義務、行政手続違反、訴訟リスクが生じます。

要するに、懲戒解雇時の退職金不支給条項の有効性は、「条項があるか」だけではなく、「その条項を当該事案に全額又は一部適用することが、退職金の法的性質と非違行為の重大性との均衡に照らして正当化できるか」によって決まります。

Section 21

退職金不支給を決裁する社内メモの骨子

退職金不支給の判断で争点になりやすい事項を整理します。

企業内で処分を決定する際は、社内メモに次の事項を残すと、後日の説明や紛争対応で判断過程を整理しやすくなります。

  1. 事案の概要 ― 対象者、職位、勤続年数、職務内容、非違行為の発生日、発覚日、調査経緯を記録します。
  2. 適用規程 ― 懲戒規程、懲戒解雇事由、退職金不支給条項、退職後発覚条項を確認します。
  3. 事実認定 ― 客観証拠、本人供述、第三者供述、ログ、帳票、損害資料を整理します。
  4. 懲戒解雇の相当性 ― 行為の性質、態様、結果、職責、過去処分、弁明内容、過去類似事案を検討します。
  5. 退職金の通常支給額 ― 計算式、勤続年数、支給率、控除、支払予定時期を確認します。
  6. 不支給又は減額の検討 ― 退職金の性質、非違行為の重大性、過去の勤続の功、全額不支給と一部支給を比較します。
  7. 結論 ― 全額不支給、一部不支給、支給のいずれかを示し、理由と根拠条文を明記します。
  8. 付随対応 ― 解雇予告手当、未払賃金、有給休暇、社会保険、離職票、中退共、損害賠償請求、刑事告訴、当局報告を確認します。
Reference

この記事の参考情報源

制度や裁判例を確認するための資料名を整理します。

  • 厚生労働省「確かめよう労働条件 退職金不払い」
  • 厚生労働省「モデル就業規則」
  • e-Gov法令検索「労働基準法」
  • e-Gov法令検索「労働契約法」
  • 全国労働基準関係団体連合会「退職金不払いに関する裁判例解説」
  • 最高裁判所「懲戒免職処分取消等請求事件 最高裁判決」
  • 中小企業退職金共済事業本部「懲戒解雇時の退職金減額に関する案内」
  • 厚生労働省「中小企業退職金共済法施行規則」
  • e-Gov電子申請「解雇予告除外認定申請」
  • 厚生労働省「労働基準法改正に関する資料」