2σ Guide

退職金規程の不支給・減額事由を
どう設計するか

退職金の全額不支給は例外的な強い措置です。規程文言だけでなく、重大性、比例性、手続保障、過去運用、制度類型を組み合わせて設計するための企業法務・労務実務向け整理です。

8原則中核原則
0〜100%減額率設計
7条項文例構造
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退職金規程の不支給・減額事由を どう設計するか

退職金の全額不支給は例外的な強い措置です。

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退職金規程の不支給・減額事由を どう設計するか
退職金の全額不支給は例外的な強い措置です。
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  • 退職金規程の不支給・減額事由を どう設計するか
  • 退職金の全額不支給は例外的な強い措置です。

POINT 1

  • 退職金規程の不支給・減額事由設計の全体像
  • まず、条項作成だけで終わらせないための中核原則と設計の出発点を確認します。
  • 手続保障
  • 分離設計
  • 運用一貫性

POINT 2

  • 退職金・不支給・減額・支給制限の用語整理
  • 制度設計で混同しやすい言葉を分け、規程上の使い方を整理します。
  • 3.1 退職金とは何か
  • 3.2 不支給とは何か
  • 3.3 減額とは何か

POINT 3

  • 退職金規程の不支給・減額事由を支える法的枠組み
  • 1. 退職金が労働条件・賃金性を持つか:支給条件が明確な場合、労働基準法上の賃金に該当し得ます。
  • 2. 就業規則への記載事項を確認:適用対象、支給要件、計算、支払方法、支払時期、支給制限を明記します。
  • 3. 労働契約法上の周知・合理性を確認:不利益変更では9条・10条の枠組みを意識します。
  • 4. 懲戒・損害賠償・相殺と切り分ける:損害額を当然控除する設計は避け、別の請求として整理します。

POINT 4

  • 退職金不支給・減額の裁判例と行政資料から見る設計軸
  • 厚生労働省資料、小田急電鉄事件、三晃社事件、近時の最高裁判例を実務設計に引き直します。
  • 5.1 厚生労働省の整理
  • 5.2 小田急電鉄事件 ― 懲戒解雇有効でも全額不支給とは限らない
  • 5.3 三晃社事件 ― 競業転職と退職金減額

POINT 5

  • 退職金規程の不支給・減額事由を設計する前の確認事項
  • 社内退職一時金
  • 規程文言、就業規則届出、労働契約法10条の合理性が中心になります。
  • 中小企業退職金共済
  • 懲戒解雇等による減額には認定等が必要で、全額減額はできないとされています。

POINT 6

  • 退職金規程に入れる不支給・減額事由の類型設計
  • 懲戒解雇、横領、情報漏えい、ハラスメント、重大事故、私生活上の非違、競業、退職後発覚を類型別に整理します。
  • 7.1 懲戒解雇・諭旨解雇・諭旨退職
  • 7.2 横領・背任・不正経理・金銭着服
  • 7.3 秘密情報・営業秘密・個人情報の漏えい

POINT 7

  • 退職金規程の減額率設計と考慮要素
  • 全額不支給か満額支給かの二分法を避け、減額率の幅と考慮要素を明文化します。
  • 8.1 減額率を設ける意義
  • 8.2 減額率の目安
  • 8.3 考慮要素を明文化する

POINT 8

  • 退職金規程の支給制限条項例と修正方針
  • 1. 退職金の性格を明文化:功労報償、後払い、生活保障への配慮を整理します。
  • 2. 不支給・減額事由と考慮要素:重大な背信行為と総合考慮を条文化します。
  • 3. 告知・弁明・調査・決裁・通知:後日の紛争に備えて記録を残します。
  • 4. 支給留保・退職後発覚・返還:支給前後の扱いを分け、無期限留保を避けます。

まとめ

  • 退職金規程の不支給・減額事由を どう設計するか
  • 退職金規程の不支給・減額事由設計の全体像:まず、条項作成だけで終わらせないための中核原則と設計の出発点を確認します。
  • 退職金・不支給・減額・支給制限の用語整理:制度設計で混同しやすい言葉を分け、規程上の使い方を整理します。
  • 退職金規程の不支給・減額事由を支える法的枠組み:労働基準法、労働契約法、就業規則、懲戒処分、損害賠償との分離を確認します。
  • 本動画は一般的な情報提供であり、法律上の助言ではありません。記載の数値・金額・期間は目安です。個別事情で結論は変わります。
Overview

退職金規程の不支給・減額事由設計の全体像

まず、条項作成だけで終わらせないための中核原則と設計の出発点を確認します。

「退職金規程の不支給・減額事由の設計」は、企業法務・労務法務の中でも、条文を作れば終わる分野ではありません。

退職金は、毎月の賃金とは異なり、長期勤続に対する報償、過去労働の対価の後払い、退職後生活の保障という複数の性格を持ちます。そのため、従業員に重大な非違行為があった場合でも、会社が当然に退職金を全額没収できるわけではありません。他方で、横領、背任、重大な情報漏えい、競業避止義務違反、重大なハラスメント、重大事故、公益・信用を大きく損なう犯罪行為などがあったにもかかわらず、規程の設計が甘いために退職金を満額支払わざるを得ない場面もあります。

したがって、実務上重要なのは、次の三つを同時に満たす設計です。

  1. 労働者の既得的利益・生活保障に対して過酷になりすぎないこと
  2. 企業秩序・信頼・内部統制・顧客保護を守るために、重大な背信行為には厳正に対応できること
  3. 裁判所・労働基準監督行政・労使関係・レピュテーションの観点から説明可能な条文と運用になっていること

この記事では、退職金規程の不支給・減額事由の設計について、法令、厚生労働省資料、裁判例の方向性、規程文例、運用手順、専門職の関与まで、実務で必要となる論点を体系的に整理します。

次の八つの原則は、退職金規程の不支給・減額事由を設計するときの全体像を表します。条項文言だけでなく、重大性、比例性、手続、制度類型までそろえることが重要で、どの原則が欠けると紛争リスクが高まるかを読み取れます。

01

明確性

不支給・減額事由を就業規則または退職金規程に明記します。

02

重大性

全額不支給は勤続の功を抹消・大幅に減殺する重大な背信行為に限定します。

03

比例性

非違行為の内容、損害、職務関連性、勤続年数、事後対応を総合考慮します。

04

手続保障

告知、弁明機会、証拠確認、決裁権限、記録化を行います。

05

分離設計

懲戒処分、損害賠償、支給制限、相殺・控除を混同しません。

06

運用一貫性

類似事案で処分水準に大きな差をつけない運用を目指します。

07

変更合理性

既存制度を不利益に変更する場合は、合理性、周知、労使協議を確認します。

08

制度別適合性

中退共、DB、DC、社内積立、役員退職慰労金ごとの制約を確認します。

Section 01

退職金・不支給・減額・支給制限の用語整理

制度設計で混同しやすい言葉を分け、規程上の使い方を整理します。

3.1 退職金とは何か

退職金とは、従業員が退職または死亡したときに、会社が一定の基準により支給する金銭給付をいいます。「退職手当」「退職一時金」「退職慰労金」「退職給付」などと呼ばれることもあります。

重要なのは、退職金制度を設けること自体は、一般的に法律上の絶対義務ではないという点です。もっとも、会社が就業規則、退職金規程、労働協約、雇用契約、賃金規程、内規、過去の確立した慣行等により退職金制度を設けた場合、その制度は労働条件となり、使用者は規程に従って支払義務を負います。

厚生労働省のモデル就業規則も、退職金制度は必ず設けなければならないものではないが、設けた場合には、適用労働者の範囲、支給要件、額の計算、支払方法、支払時期などを就業規則に記載しなければならないと説明しています。さらに、不支給事由または減額事由を設ける場合には、それも退職手当の決定・計算に関する事項として就業規則に明記する必要があるとしています。

3.2 不支給とは何か

不支給とは、退職金の支給要件を満たすように見える従業員について、一定の非違行為・背信行為・規程違反を理由に、退職金の全部を支給しないことをいいます。

不支給は、退職金に含まれる賃金後払い的・生活保障的性格を完全に失わせる強い措置です。そのため、単に「懲戒解雇になったから」「会社が不快に思ったから」「退職後に競合会社に行ったから」というだけで全額不支給とする設計は、紛争リスクが高いと考えることが重要です。

3.3 減額とは何か

減額とは、退職金の全部ではなく、一部を支給しないことをいいます。たとえば、通常計算額の30%、50%、70%を減額し、残額を支給する設計です。

裁判実務では、懲戒解雇自体が有効であっても、退職金を全額不支給にすることまでは認められず、一定割合の支給を命じる判断があり得ます。したがって、退職金規程の不支給・減額事由の設計では、「全額不支給か満額支給か」の二分法ではなく、減額率の幅、考慮要素、判断手続を設けることが重要です。

3.4 支給制限という概念

不支給と減額をまとめて「支給制限」と呼ぶことがあります。規程上は、次のような整理が実務的です。

  • 不支給 ― 退職金の全部を支給しないこと
  • 減額 ― 退職金の一部を支給しないこと
  • 支給制限 ― 不支給および減額を包括する概念
  • 支給留保 ― 事実調査・懲戒手続・支給制限判断が完了するまで、支払期日を一定範囲で遅らせること
  • 返還請求 ― 退職金支給後に重大な非違行為が判明した場合に、規程・合意・不当利得・損害賠償等を根拠に返還を求めること

これらを同じ条文に混ぜると解釈が不明確になります。規程では、支給制限、支給留保、返還請求、損害賠償請求、相殺・控除をそれぞれ分けて定めることが重要です。

次の比較は、規程上で混同しやすい「不支給」「減額」「支給制限」「返還請求」を分けたものです。用語を分けることが重要で、どの場面で全部を支給しないのか、一部だけなのか、支給後に返還を求めるのかを読み取れます。

用語意味規程設計上の位置づけ
不支給退職金の全部を支給しないこと最も強い措置として、特に重大な背信行為に限定します。
減額退職金の一部を支給しないこと減額率の幅と考慮要素を定め、二分法を避けます。
支給制限不支給と減額を包括する概念規程本文で総称として使いやすい言葉です。
返還請求支給後に重大な非違行為が判明した場合の請求規程、合意、不当利得、損害賠償など根拠を分けます。
Section 02

退職金規程の不支給・減額事由を支える法的枠組み

労働基準法、労働契約法、就業規則、懲戒処分、損害賠償との分離を確認します。

4.1 退職金が「賃金」となる場面

労働基準法11条は、賃金について、名称を問わず労働の対償として使用者が労働者に支払うものと定義しています。退職金についても、就業規則や労働協約により支給条件が明確に定められている場合には、労働基準法上の賃金に該当し得ます。厚生労働省の裁判例解説も、支給条件が明確な退職金は、労働基準法11条の「労働の対償」としての賃金に該当すると説明しています。

したがって、退職金規程に基づき具体的な請求権が発生した後は、会社が一方的に「損害があるから相殺する」「会社都合で払わない」と処理することは危険です。不支給・減額は、あくまで退職金額を確定するための支給条件・計算条件として事前に規程化され、合理的に適用される必要があると考えることが重要です。

4.2 就業規則への記載義務

労働基準法89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に就業規則の作成・届出義務を課しています。同条3号の2は、退職手当を定める場合には、適用労働者の範囲、退職手当の決定・計算・支払方法、支払時期を記載すべきものとしています。

このため、退職金制度を設ける会社では、退職金規程または就業規則本体に、少なくとも次の事項を定める必要があります。

次の表は、この章の論点を項目ごとに整理したものです。判断軸をそろえることが重要で、各列を横に見比べると、どの要素を確認し、どの実務上の意味に結び付けるべきかを読み取れます。

記載事項
適用対象者正社員、無期契約社員、一定勤続年数以上の従業員等
支給要件定年退職、自己都合退職、会社都合退職、死亡退職等
不支給・減額事由懲戒解雇、重大な背信行為、横領、秘密漏えい等
計算方法基本給連動、ポイント制、勤続年数別係数、功績係数等
支払方法口座振込、一時金、年金、外部制度経由等
支払時期退職日から何か月以内、調査中の取扱い等
決定手続人事委員会、懲戒委員会、取締役会決議、法務確認等

不支給・減額事由が就業規則に記載されていない場合、会社が後から「今回は重大だから払わない」と主張しても、退職金請求に対する抗弁として認められにくくなります。

4.3 労働契約法上の位置づけ

労働契約法7条は、合理的な労働条件を定める就業規則を労働者に周知していた場合、労働契約の内容は原則としてその就業規則の労働条件によるとしています。したがって、退職金規程が合理的で、かつ周知されていれば、退職金の支給条件は労働契約の内容となります。

一方で、既存の退職金制度に新たな不支給・減額事由を追加することは、多くの場合、労働条件の不利益変更に当たります。労働契約法9条は、労働者との合意なく、就業規則変更により労働条件を不利益変更できないのが原則であると定め、10条は、変更後の就業規則を周知し、変更内容が合理的である場合には例外的に労働契約内容となることを定めています。

したがって、規程改定では、次の点を記録化することが重要です。

  • 改定の必要性 ― 不祥事、内部統制、情報管理、ハラスメント防止、顧客保護等
  • 不利益の程度 ― 不支給・減額事由の範囲、減額率、対象者、経過措置
  • 内容の相当性 ― 重大行為に限定されているか、比例原則があるか
  • 労使交渉 ― 労働組合または過半数代表者への説明・意見聴取
  • 周知方法 ― 就業規則の備付け、イントラ掲示、説明会、個別通知等
  • 代償措置 ― 退職金水準の維持、軽微行為の除外、経過措置、異議申立手続等

4.4 懲戒処分との関係

労働契約法15条は、懲戒処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、権利濫用として無効になると定めています。

退職金の不支給・減額は、懲戒処分そのものではなく、退職金の支給条件・計算条件として設計されることが多いです。しかし、実質的には懲戒処分に連動する強い不利益措置です。したがって、懲戒解雇が有効かどうかと、退職金全額不支給が有効かどうかは、関連しつつも別問題です。

典型例として、懲戒解雇は有効であっても、退職金全額不支給は過酷であり、一部支給が必要とされる場合があります。逆に、職務上の横領、重要な営業秘密の漏えい、重大な背任行為のように、企業への信頼を根本から破壊する事案では、全額不支給が相当と評価される可能性もあります。

4.5 労基法16条・24条との関係

労働基準法16条は、労働契約不履行について違約金を定めたり、損害賠償額を予定する契約を禁止しています。また、同法24条は、賃金全額払いの原則を定めています。

退職金の不支給・減額事由を設計する際に危険なのは、次のような条項です。

注意「従業員が会社に損害を与えた場合、会社は損害額相当額を退職金から当然に控除する」

このような条項は、損害賠償予定や賃金控除の問題を生じさせる可能性があります。より安全な設計は、次のような整理です。

  • 退職金の支給制限は、損害額そのものを機械的に控除する制度ではない
  • 退職金額は、非違行為の重大性、勤続功労の減殺程度、会社損害、信用毀損、職務関連性等を総合考慮して決定する
  • 損害賠償請求は、退職金の支給制限とは別に、民事上の要件に従って行う
  • 既に発生した退職金債権との相殺・控除は、法令上可能な場合、本人の自由な同意がある場合、または判決・和解等に基づく場合に限って慎重に行う

次の判断の順番は、退職金規程の支給制限を法的に組み立てる流れを表します。労働基準法、労働契約法、懲戒処分、損害賠償を混同しないことが重要で、どの段階で根拠と手続を確認すべきかを読み取れます。

法的枠組みの確認順序

退職金が労働条件・賃金性を持つか

支給条件が明確な場合、労働基準法上の賃金に該当し得ます。

就業規則への記載事項を確認

適用対象、支給要件、計算、支払方法、支払時期、支給制限を明記します。

労働契約法上の周知・合理性を確認

不利益変更では9条・10条の枠組みを意識します。

懲戒・損害賠償・相殺と切り分ける

損害額を当然控除する設計は避け、別の請求として整理します。

Section 03

退職金不支給・減額の裁判例と行政資料から見る設計軸

厚生労働省資料、小田急電鉄事件、三晃社事件、近時の最高裁判例を実務設計に引き直します。

5.1 厚生労働省の整理

厚生労働省の「退職金不払い」に関する裁判例解説は、退職金の法的性格について、賃金後払い的性格、功労報償的性格、生活保障的性格を併せ持つと整理しています。また、一定の事由がある場合に退職金の減額や不支給を定めることは認められるが、賃金後払い的性格および功労報償的性格を考慮すれば、労働者のそれまでの功績を失わせるほどの重大な背信行為がある場合などに限られると説明しています。

この整理は、民間企業の規程設計における基本線です。つまり、退職金規程の不支給・減額事由の設計では、次の問いに答えられるようにする必要があります。

注意当該行為は、その従業員がこれまで会社に貢献してきた勤続の功を、全部または一部失わせるほど重大か。

この問いに答えるためには、単に「懲戒解雇事由に該当するか」だけでなく、行為の性質、職務との関係、企業信用への影響、損害額、故意・過失、地位、勤続年数、過去の処分歴、反省・弁償・調査協力などを総合判断する必要があります。

5.2 小田急電鉄事件 ― 懲戒解雇有効でも全額不支給とは限らない

小田急電鉄事件では、鉄道会社の従業員が痴漢行為を繰り返した事案について、懲戒解雇自体は有効とされましましたが、退職金全額不支給については、全額を失わせるほどではないとして一部支給が認められましました。厚生労働省の解説では、特に職務外の非違行為を理由に退職金全額を不支給とするには、業務上横領のような犯罪行為に匹敵する強度の背信性が必要であるとの考え方が紹介されています。

この裁判例から得られる設計上の示唆は明確です。

  • 懲戒解雇と退職金全額不支給を自動連動させる条項は危険である
  • 職務外行為では、会社の業務・信用との結びつき、社会的影響、職種特性を具体的に検討する必要がある
  • 全額不支給に至らない場合でも、一定の減額はあり得るため、減額率の設計が重要です
  • 従業員の長期勤続、過去の勤務態度、貢献を無視した判断は、過酷と評価される可能性がある

5.3 三晃社事件 ― 競業転職と退職金減額

三晃社事件では、退職後に同業他社へ就職した広告会社の従業員について、退職金を自己都合退職の場合の半額とする取扱いが有効とされ、労働基準法16条・24条・89条に違反しないと判断されたと整理されています。

もっとも、この裁判例を根拠に、現在の実務で「競合に転職したら退職金ゼロ」と広く定めることは危険です。競業避止義務は、職業選択の自由、営業秘密保護、顧客情報保護、地位・職務、代償措置、地域・期間・業務範囲の限定などと密接に関係します。

競業関連の退職金減額条項を設計する場合は、少なくとも次のような限定が必要です。

次の表は、この章の論点を項目ごとに整理したものです。判断軸をそろえることが重要で、各列を横に見比べると、どの要素を確認し、どの実務上の意味に結び付けるべきかを読み取れます。

設計項目実務上のポイント
対象者役員級、管理職、営業責任者、研究開発責任者など、秘密・顧客接点を持つ者に限定するか
対象情報営業秘密、顧客情報、価格戦略、技術情報、M&A情報等を明確化するか
競業範囲同一地域・同一事業・同一顧客・同一職務などに限定するか
期間退職後6か月、1年など合理的期間に限定するか
減額率全額不支給ではなく一定割合の減額にとどめるか
代償措置競業制限の対価、在職中処遇、退職加算等があるか
違反態様単なる転職ではなく、顧客奪取、秘密利用、勧誘、利益相反を要件とするか

5.4 最高裁令和5年6月27日判決 ― 公務員退職手当の全部支給制限

最高裁令和5年6月27日判決は、公立学校教諭の酒気帯び運転等をめぐり、退職手当の全部支給制限が争われた事案です。最高裁は、退職手当について、勤続報償的な性格を中心としつつ、給与の後払い的性格や生活保障的性格も有すると述べましました。そのうえで、個々の事案において、非違行為の内容・程度等を総合考慮し、退職者の勤続の功を抹消または減殺するに足りる事情がある場合に支給制限が可能であるとし、管理機関の裁量判断が社会観念上著しく妥当を欠く場合に違法となるという枠組みを示しましました。

この判決は公務員退職手当の事案ですが、民間企業にとっても重要な示唆があります。

  • 退職金・退職手当の多面的性格は、最高裁レベルでも確認されている
  • 全部支給制限が常に例外的にしか許されない、という単純な見方ではない
  • ただし、支給制限判断には、非違行為、職務・信用への影響、勤続功労、後払い・生活保障的性格を総合考慮する必要がある
  • 公務員事案では「公務への信頼」が大きな要素になるため、民間企業では「会社の事業特性」「顧客信頼」「金融・医療・運輸・教育・安全産業等の公共性」を具体化する必要がある

5.5 最高裁令和7年4月17日判決 ― 少額着服でも職務信頼を破壊し得る

最高裁令和7年4月17日判決は、京都市交通局のバス運転手が運賃の一部を着服し、勤務中に電子たばこを使用した事案で、一般の退職手当等の全部支給制限が争われた事件です。判決文によれば、対象者はバス運転手として勤務し、運賃の着服等を理由に懲戒免職処分を受け、退職手当の全部支給制限処分を受けましました。最高裁は原判決の一部を破棄し、全部支給制限を違法とした下級審判断を維持しませんでしました。

この判決から、民間企業の設計においても次の示唆が得られます。

  • 金額の多寡だけでなく、職務上の信頼を直接破壊する行為かどうかが重要です
  • 現金、売上金、顧客財産、公金的性格の金銭を扱う職務では、少額であっても背信性が大きく評価され得る
  • ただし、公営企業・公務員制度の文脈を民間会社に機械的に転用することは慎重に考える必要があります
  • 民間企業では、職務内容、社内規程、監査体制、過去処分、同種事案との均衡をより丁寧に示す必要がある
Section 04

退職金規程の不支給・減額事由を設計する前の確認事項

制度類型、目的条項、過去運用、労働協約・個別契約との整合性を洗い出します。

条文を書き始める前に、次の確認を行うことが重要です。

6.1 自社の退職金制度の類型を確認する

退職金制度には、複数の類型があります。制度ごとに不支給・減額の可否や手続が異なるため、会社規程だけで判断してはいけません。

次の表は、この章の論点を項目ごとに整理したものです。判断軸をそろえることが重要で、各列を横に見比べると、どの要素を確認し、どの実務上の意味に結び付けるべきかを読み取れます。

類型概要不支給・減額設計上の注意
社内退職一時金会社が社内規程に基づき退職時に一時金を支払う規程文言・就業規則届出・労契法10条が中心
中小企業退職金共済(中退共)中退共制度から退職金が支払われる懲戒解雇等による減額には厚生労働大臣の認定等が必要で、全額減額はできない
確定給付企業年金(DB)企業年金制度として給付される年金規約、加入者保護、受給権、行政手続を確認
確定拠出年金(DC)掛金拠出後、個人別管理資産として運用される会社規程で退職時に没収する設計には制約が大きい
特定退職金共済商工会議所等の共済制度共済契約・規約上の制約を確認
役員退職慰労金会社法上の役員報酬・退職慰労金株主総会決議、内規、取締役の善管注意義務が問題

中退共については、従業員を懲戒解雇した場合、厚生労働大臣等の認定を受けたうえで退職金を減額できるとされますが、事業主が希望する減額額が過酷な場合には中退共が額を変更でき、退職金の全額減額はできないと説明されています。中退共利用企業が、社内規程だけを見て「全額不支給」と判断すると、制度上の処理と矛盾します。

6.2 退職金の目的を明文化する

退職金規程の冒頭で、退職金の目的を定めることは有用です。目的条項がないと、後日の紛争で、退職金が純粋な賃金後払いなのか、功労報償を重視する制度なのかが争われやすくなります。

望ましい目的条項は、次のようなバランスを取るものです。

  • 長期勤続・職務遂行に対する功労報償
  • 在職中の労務提供に対する後払い的要素
  • 退職後生活への一定の配慮
  • 企業秩序、信頼、誠実義務の重大違反があった場合の支給制限可能性

逆に、会社が将来の不支給を広く認めたいからといって、「退職金は会社の恩恵的給付であり、会社が自由に支給・不支給を決める」とだけ定めるのは危険です。規程上、支給基準が明確で過去に継続運用されている場合、実態として労働条件・賃金性が認められる可能性があるためです。

6.3 過去の運用を確認する

規程文言だけでなく、過去の運用も重要です。

  • 懲戒解雇者に過去どの程度退職金を支給したか
  • 同種非違行為で減額率に差がないか
  • 競業転職者に対する対応履歴はどうか
  • 支給留保・返還請求をしたことがあるか
  • 労働組合との協議履歴はあるか
  • 退職金計算通知書の記載はどうなっているか
  • 退職時誓約書の文言は規程と整合しているか

過去に懲戒解雇者にも一律で満額支給していた会社が、突然、同種事案で全額不支給とすると、運用の一貫性が争点になります。

6.4 労働協約・個別契約・採用資料との整合性を確認する

退職金制度は、就業規則だけでなく、労働協約、雇用契約書、労働条件通知書、採用パンフレット、内定通知書、賃金規程、企業年金規約、退職時説明資料などに記載されていることがあります。

特に、採用時に「退職金あり」「勤続3年以上で支給」といった説明を行っている場合、後から不支給・減額事由を広げるには、労働者への説明と周知が重要です。

次の一覧は、条項作成に入る前に確認すべき制度上の前提を表します。退職金の原資や制度類型によって会社規程だけで処理できる範囲が変わるため、各項目の制約を読み取ることが重要です。

社内退職一時金

規程文言、就業規則届出、労働契約法10条の合理性が中心になります。

中小企業退職金共済

懲戒解雇等による減額には認定等が必要で、全額減額はできないとされています。

DB・DCなど外部制度

年金規約、加入者保護、個人別管理資産、行政手続を確認します。

役員退職慰労金

会社法上の役員報酬、株主総会決議、内規、取締役の善管注意義務が問題になります。

Section 05

退職金規程に入れる不支給・減額事由の類型設計

懲戒解雇、横領、情報漏えい、ハラスメント、重大事故、私生活上の非違、競業、退職後発覚を類型別に整理します。

7.1 懲戒解雇・諭旨解雇・諭旨退職

最も一般的な不支給・減額事由は、懲戒解雇です。厚生労働省モデル就業規則も、懲戒解雇された者には退職金の全部または一部を支給しないことがある、という規程例を示しています。

ただし、実務上は、次のように設計するのが望ましいです。

注意懲戒解雇、または懲戒解雇事由に該当する行為を理由として諭旨退職・合意退職となった場合であって、当該行為が従業員の勤続の功を抹消し、または減殺するに足りる重大な背信行為に該当すると会社が判断したときは、退職金の全部または一部を支給しないことがあります。

ポイントは、懲戒解雇という形式だけに依存しないことです。会社が温情措置として諭旨退職を認めた場合に、形式上は「自己都合退職」だから満額支給になると、懲戒解雇より諭旨退職のほうが会社に不利になる矛盾が生じます。

一方で、「懲戒解雇なら必ず全額不支給」とする自動連動も避けることが重要です。規程上は、懲戒解雇を支給制限の入口としつつ、減額率は重大性・比例性により判断する構造が望ましいです。

7.2 横領・背任・不正経理・金銭着服

横領、背任、不正経理、売上金着服、経費不正、架空請求、リベート収受は、退職金不支給・大幅減額の中心類型です。

設計上は、次のような事由を明記します。

  • 会社、顧客、取引先、関係会社の金銭・物品・有価証券・ポイント・電子マネー等を横領、着服、窃取、流用した場合
  • 架空請求、二重請求、水増し請求、経費不正、接待費不正、旅費交通費不正を行った場合
  • 会社に対する背任行為、利益相反取引、取引先からの不正な金品受領を行った場合
  • 会計帳簿、証憑、領収書、請求書、稟議書、承認記録を偽造・変造・隠蔽した場合

この類型では、金額の大小だけで判断しないことが重要です。現金・売上金・顧客財産を扱う職務では、少額でも職務信頼を根本的に毀損することがあります。他方で、単純な精算ミス、過失、会社側のルール不備がある場合には、全額不支給は過剰になり得ます。

7.3 秘密情報・営業秘密・個人情報の漏えい

情報漏えいは、現代企業における重大な支給制限事由です。設計では、次のような情報を対象にします。

  • 営業秘密
  • 顧客情報、個人情報、要配慮個人情報
  • 技術情報、研究開発情報、設計図、ソースコード
  • 価格情報、原価情報、仕入条件、営業戦略
  • M&A、資本政策、未公表決算、重要プロジェクト情報
  • セキュリティ情報、認証情報、アクセス権限情報

ただし、すべての情報持ち出しを一律に全額不支給とするのは危険です。次の要素を考慮する設計が必要です。

次の表は、この章の論点を項目ごとに整理したものです。判断軸をそろえることが重要で、各列を横に見比べると、どの要素を確認し、どの実務上の意味に結び付けるべきかを読み取れます。

考慮要素
故意性意図的持ち出しか、誤送信か
情報の重要性営業秘密・個人情報・未公表重要情報か
利用目的競合利用、転職先利用、私的保存、業務引継ぎ目的か
漏えい範囲外部公表、競合提供、限定的送信、未閲覧か
損害顧客流出、行政報告、損害賠償、信用毀損の有無
是正協力削除、返却、調査協力、報告の速さ

7.4 重大なハラスメント・人権侵害

ハラスメント事案では、被害者保護、企業秩序、再発防止、社会的信用が問題となります。退職金支給制限の対象となり得るのは、たとえば次のような場合です。

  • 長期間・反復継続したパワーハラスメント
  • 性的暴行、強制わいせつ、重大なセクシュアルハラスメント
  • 退職、休職、メンタルヘルス不調、自殺未遂等の重大結果を生じさせた行為
  • 管理職・役員級の地位を利用した悪質行為
  • 調査妨害、証拠隠滅、被害者・通報者への報復

ただし、ハラスメント認定は事実認定が難しく、証言の信用性、録音、メール、チャット、診断書、相談記録などを慎重に検討する必要があります。支給制限を行う場合は、懲戒委員会や外部弁護士による調査を経て、事実認定と処分理由を明確に記録するべきです。

7.5 重大事故・安全義務違反・品質不正

運輸、建設、医療、食品、製造、インフラ、金融、教育などでは、安全・品質・顧客信頼に関する違反が重大です。

対象事由としては、次のようなものが考えられます。

  • 飲酒運転、無免許運転、危険運転、重大交通事故
  • 安全規程違反による死亡・重傷事故
  • 検査データ改ざん、品質偽装、製品事故隠し
  • 医療・介護・保育・教育現場での重大な安全配慮義務違反
  • 金融商品販売、顧客資産管理、マネロン対策等での重大違反

この類型では、事故結果だけでなく、故意・重過失、規程違反の明確性、教育訓練の有無、会社側の管理体制不備、再発可能性を評価します。会社側の安全管理体制が不十分だった場合、従業員個人の退職金を大幅に制限することの相当性が争われやすくなります。

7.6 私生活上の非違行為

私生活上の非違行為を退職金不支給・減額の対象にする場合は、慎重な設計が必要です。

私生活上の行為は、会社の業務と直接関係しないことが多いため、会社が懲戒処分や退職金支給制限を行うには、次のような事情が必要です。

  • 会社の社会的信用を重大に毀損した
  • 職種・業務内容との強い関連性がある
  • 顧客・取引先・地域社会への影響が大きい
  • 報道・SNS拡散により企業活動に実害が生じた
  • 犯罪行為の悪質性が高い
  • 会社名・職位・職務を利用した行為である

たとえば、教育、運輸、金融、医療、警備、食品、公共インフラなど、社会的信頼が特に重要な業種では、私生活上の犯罪が退職金支給制限に結びつく余地があります。しかし、単に会社と無関係な軽微な私生活上の問題まで不支給事由に含めると、過剰・不明確と評価されるおそれがあります。

7.7 競業避止義務違反・顧客奪取・従業員引抜き

退職後の競業関連条項は、設計を誤ると紛争化しやすい分野です。

退職金規程で支給制限を設ける場合、単なる「同業他社への転職」ではなく、次のような悪質性のある行為に限定することが望ましいです。

  • 在職中に競合会社のために営業活動を行った
  • 会社の顧客リスト、価格情報、提案資料を無断利用した
  • 退職前から顧客を移転させる計画を進めた
  • 部下・同僚を組織的に引き抜いた
  • 退職後の秘密保持義務・競業避止義務に明確に違反した
  • 会社から相応の代償措置を受けていたにもかかわらず義務違反した

競業条項では、地域、期間、対象業務、対象顧客、対象情報を限定し、職業選択の自由を不当に制約しない設計が必要です。

7.8 退職後に発覚した非違行為

退職後に横領や情報漏えいが発覚することは珍しくありません。この場合に備えて、規程には次の条項を設けるべきです。

  • 退職前に行われた非違行為が退職後に判明した場合にも支給制限できること
  • 支給前に判明した場合は、調査完了まで支給を留保できること
  • 支給後に判明した場合は、支給制限相当額の返還を求めることができること
  • 返還請求は、法令、規程、個別合意、不当利得、損害賠償等の法的根拠に基づき行うこと
  • 調査のために必要な資料提出、貸与物返還、情報削除確認に協力する義務があること

ただし、支給済み退職金の返還請求は、支給前の減額よりも難易度が高くなります。退職時誓約書、秘密保持誓約書、貸与物返還チェック、情報削除証明、退職面談記録を整備することが重要です。

次の類型一覧は、退職金規程に支給制限事由を入れるときの重点を表します。類型ごとの悪質性、職務関連性、会社信用への影響を分けて読むことで、広すぎる条項や機械的な全額不支給を避ける手がかりになります。

1

横領・背任・不正経理

職務権限の濫用、反復性、隠蔽工作、損害額、弁償状況を重く見ます。

重大性
2

秘密情報・個人情報の漏えい

営業秘密性、顧客情報、持出し方法、利用・開示、競業との関係を確認します。

情報管理
3

重大なハラスメント・人権侵害

地位利用、被害の重大性、反復性、会社の安全配慮・信用への影響を確認します。

被害保護
4

競業避止・顧客奪取

単なる転職ではなく、秘密利用、顧客奪取、在職中の背信的準備を要件化します。

限定設計
Section 06

退職金規程の減額率設計と考慮要素

全額不支給か満額支給かの二分法を避け、減額率の幅と考慮要素を明文化します。

8.1 減額率を設ける意義

退職金規程の不支給・減額事由の設計で最も多い失敗は、規程が「全額支給」か「全額不支給」しか想定していないことです。

裁判所は、懲戒解雇自体を有効としながら、退職金全額不支給は過酷ですとして一部支給を命じることがあります。したがって、会社側が事前に減額率の幅を設け、非違行為の重大性に応じて比例的に判断するほうが、合理性を説明しやすくなります。

8.2 減額率の目安

以下は、規程設計上の参考枠組みです。自動適用するものではなく、個別事案で総合考慮する必要があります。

次の表は、この章の論点を項目ごとに整理したものです。判断軸をそろえることが重要で、各列を横に見比べると、どの要素を確認し、どの実務上の意味に結び付けるべきかを読み取れます。

類型減額率の参考幅
最重大背信行為業務上横領、重大背任、顧客資産の着服、重大な営業秘密漏えい、悪質な品質偽装隠蔽70〜100%
重大背信行為反復する経費不正、管理職による重大ハラスメント、会社信用を著しく毀損する犯罪、重要情報の無断持出し40〜80%
中程度の重大行為職務関連性のある私生活上の犯罪、重大な服務違反、顧客対応上の悪質違反20〜60%
限定的違反軽微な経費不正、過失性の情報管理違反、調査協力により損害拡大が防止された事案0〜30%
原則不対象単純ミス、会社側管理不備が大きい事案、職務と無関係な軽微私生活行為原則減額なし

この表は、規程本文にそのまま入れるより、別表または運用基準として定めるほうが実務的です。規程本文では「考慮要素」と「上限・下限」を定め、細部は懲戒委員会規程・退職金支給制限審査基準・稟議基準で管理する方法があります。

8.3 考慮要素を明文化する

減額率を決める際の考慮要素は、規程に明記すべきです。

次の表は、この章の論点を項目ごとに整理したものです。判断軸をそろえることが重要で、各列を横に見比べると、どの要素を確認し、どの実務上の意味に結び付けるべきかを読み取れます。

考慮要素具体例
行為の内容・態様故意、重過失、反復性、計画性、隠蔽工作
職務関連性職務権限利用、顧客接点、会社資産・情報へのアクセス
損害・影響金銭損害、信用毀損、行政処分、報道、顧客流出
地位・責任役職、管理監督者、専門職、内部統制上の責任
勤続功労勤続年数、過去の表彰、貢献、勤務成績
過去処分歴反復違反、注意指導歴、研修履歴
事後対応申告、反省、弁償、調査協力、再発防止協力
会社側事情ルール明確性、教育不足、管理体制不備、監督不備
均衡過去同種事案、他社例、処分基準との整合

この考慮要素を定めることで、会社は後日の紛争で「恣意的に退職金を没収したのではなく、規程に基づき総合判断した」と説明できます。

次の割合区分は、減額率を検討するときの目安を表します。数字は機械的な基準ではなく、重大性・職務関連性・損害・勤続功労を総合考慮するための整理であり、どの水準ならどの説明が必要かを読み取ることが重要です。

70〜100%
重い
横領、背任、重大情報漏えいなど、勤続の功を大きく抹消する事情を慎重に説明します。
30〜70%
中間
重大な服務規律違反や競業違反などで、満額支給も相当でない場合に検討します。
0〜30%
限定
軽度または限定的な非違行為で、過去功労を大きく失わせない場合に検討します。
Section 07

退職金規程の支給制限条項例と修正方針

目的条項、基本条項、減額率、手続保障、支給留保、返還、損害賠償分離、悪い条項例を整理します。

以下は、企業が退職金規程を設計する際の検討用サンプルです。実際に導入する際は、自社制度、就業規則、懲戒規程、労働協約、退職金原資、過去運用に合わせて調整してください。

9.1 目的条項

文例第1条(目的) 本規程は、従業員の勤続および職務遂行に対する功労に報いるとともに、在職中の労務提供に対する後払い的要素および退職後生活への一定の配慮を踏まえ、退職金の支給に関する事項を定めることを目的とします。 2 本規程に基づく退職金は、会社と従業員との信頼関係を基礎とするものであり、従業員に重大な背信行為その他本規程に定める事由がある場合には、本規程の定めるところにより、その全部または一部を支給しないことがあります。

9.2 支給制限の基本条項

文例第X条(退職金の不支給または減額) 従業員が次の各号のいずれかに該当し、その行為の内容、態様、職務との関連性、会社または第三者に生じた損害、会社の信用に及ぼす影響、当該従業員の地位および責任、勤続年数、在職中の功績、過去の処分歴、事後対応その他一切の事情を総合考慮して、当該従業員の勤続の功を抹消し、または減殺するに足りる重大な事情があると会社が判断した場合、会社は退職金の全部または一部を支給しないことがあります。 (1) 懲戒解雇されたとき (2) 懲戒解雇事由に該当する行為を理由として諭旨退職、合意退職または自己都合退職したとき (3) 会社、顧客、取引先または関係会社の金銭、物品、情報その他財産を横領、窃取、着服、流用または不正取得したとき (4) 会社に対する背任行為、利益相反行為、不正な金品受領、架空請求、経費不正その他これらに類する行為をしたとき (5) 営業秘密、個人情報、顧客情報、技術情報、経営情報その他会社が秘密として管理する情報を不正に取得、使用、開示、漏えいまたは持ち出したとき (6) 重大なハラスメント、人権侵害、暴行、脅迫その他職場秩序を著しく害する行為をしたとき (7) 重大な安全義務違反、品質不正、法令違反または行政処分の原因となる行為をしたとき (8) 会社の信用を著しく毀損する犯罪行為その他重大な非違行為をしたとき (9) 競業避止義務、秘密保持義務、顧客勧誘禁止義務、従業員引抜禁止義務その他退職後義務に重大に違反したとき (10) その他前各号に準ずる重大な背信行為があったとき

9.3 減額率・判断基準条項

文例第X条の2(支給制限の程度) 前条に基づき退職金の一部を支給しない場合の減額率は、0%を超え100%以下の範囲で、会社が前条に定める考慮要素を総合考慮して決定します。 2 退職金の全部を支給しない処分は、当該従業員の勤続の功を抹消するに足りる特に重大な背信行為がある場合に限り行う。 3 会社は、支給制限の判断に当たり、過去の同種事案との均衡、懲戒処分の内容、労働者の弁明、損害回復の状況、会社の管理体制その他必要な事情を考慮します。

9.4 手続保障条項

文例第X条の3(手続) 会社は、退職金の不支給または減額を決定するに当たり、原則として当該従業員に対し、対象となる事実の概要および支給制限の可能性を通知し、相当な期間を定めて弁明の機会を付与します。 2 会社は、必要に応じて、懲戒委員会、人事委員会、コンプライアンス委員会、外部専門家その他会社が指定する機関に意見を求めることができます。 3 会社は、支給制限を決定した場合、当該従業員に対し、支給制限の理由、支給額、減額率、支払時期を記載した書面または電磁的方法により通知します。

9.5 支給留保条項

文例第X条の4(調査中の支給留保) 退職金の支給日前に、退職金の不支給または減額の対象となり得る事実が判明し、またはその合理的疑いがある場合、会社は、事実調査および支給制限判断に必要な相当期間、退職金の全部または一部の支給を留保することができます。 2 前項の留保期間は、原則として退職日から○か月を超えないものとします。ただし、刑事手続、行政調査、第三者委員会調査、外部フォレンジック調査その他会社の責めに帰すべきでない事情により調査に相当期間を要する場合は、合理的に必要な範囲で延長することができます。 3 会社は、退職金額のうち争いのない部分がある場合には、法令および本規程に従い、当該部分を先に支給することができます。

支給留保条項では、無期限留保を避ける必要があります。労働基準法23条は退職時の金品返還について定めていますが、退職金については、就業規則等にあらかじめ特定された支給期日がある場合、その期日到来までは支払わなくても同条の趣旨に反しないとする行政解説があります。 そのため、支払時期と調査中の扱いは、あらかじめ規程に明記することが重要です。

9.6 退職後発覚・返還条項

文例第X条の5(退職後に判明した非違行為) 従業員の退職後、在職中または退職に関連して行われた本規程所定の支給制限事由が判明した場合、会社は、退職金の全部または一部を支給しないことがあります。 2 前項の事由が退職金支給後に判明した場合、会社は、当該事由が支給前に判明していれば支給しなかったと認められる金額について、法令および本規程に従い返還を求めることができます。 3 前項の返還請求は、損害賠償請求その他会社が有する請求権の行使を妨げない。

9.7 損害賠償との分離条項

文例第X条の6(損害賠償請求との関係) 本規程に基づく退職金の不支給または減額は、退職金の支給条件および算定に関するものであり、会社が当該従業員に対して有する損害賠償請求権その他の請求権の有無および額を当然に定めるものではありません。 2 会社は、当該従業員の行為により損害を被った場合、法令に従い、退職金の不支給または減額とは別に損害賠償を請求することができます。

この条項により、退職金減額を損害賠償額の予定や賃金控除と混同するリスクを下げることができます。

12.1 悪い例1 ― 会社の自由裁量が広すぎる

文例会社が不適当と認めた場合、退職金を支給しない。

この条項は、不支給事由が不明確です。労働者は、どのような行為をすれば退職金を失うのか予測できません。修正するなら、対象事由、考慮要素、手続、減額率を明記すべきです。

12.2 悪い例2 ― 懲戒解雇なら一律全額不支給

文例懲戒解雇された者には、退職金を一切支給しない。

懲戒解雇の事由には、重大な横領から、相対的に軽い服務違反まで幅があります。一律全額不支給は、比例性を欠くおそれがあります。修正するなら、次のようにします。

文例懲戒解雇された者については、非違行為の内容、態様、会社への影響、勤続功労その他の事情を総合考慮し、退職金の全部または一部を支給しないことがあります。

12.3 悪い例3 ― 損害額を当然控除する

文例従業員が会社に損害を与えた場合、会社は損害額を退職金から控除します。

この条項は、損害賠償予定、賃金全額払い、相殺制限の問題を生じさせます。修正するなら、退職金支給制限と損害賠償請求を分けます。

12.4 悪い例4 ― 競合転職だけで全額不支給

文例退職後、同業他社に転職した者には退職金を支給しない。

職業選択の自由を過度に制限するおそれがあります。修正するなら、営業秘密の不正利用、顧客奪取、在職中の背信的準備行為などに限定し、期間・範囲・対象者を明確にするべきです。

12.5 悪い例5 ― 退職後発覚に触れていない

退職後に横領が発覚した場合、規程に退職後発覚条項がないと、支給済み退職金の返還請求が難しくなります。支給前の留保、支給後の返還、調査協力義務を明記しておく必要があります。

次の条項構造は、退職金規程の支給制限を過不足なく組み立てるための順番を表します。目的、基本条項、減額率、手続、留保、返還、損害賠償分離をそろえることが重要で、どの部品が欠けると運用上の説明が弱くなるかを読み取れます。

目的

退職金の性格を明文化

功労報償、後払い、生活保障への配慮を整理します。

基本

不支給・減額事由と考慮要素

重大な背信行為と総合考慮を条文化します。

手続

告知・弁明・調査・決裁・通知

後日の紛争に備えて記録を残します。

事後

支給留保・退職後発覚・返還

支給前後の扱いを分け、無期限留保を避けます。

Section 08

退職金規程の運用手続・改定・業種別重点

事実調査、弁明機会、決裁、理由書、規程改定、業種別の重点、専門職の役割を確認します。

10.1 事実調査

退職金不支給・減額は、事実認定が土台です。調査では、次の資料を収集します。

  • 就業規則、退職金規程、懲戒規程、情報管理規程
  • 雇用契約書、労働条件通知書、誓約書、秘密保持契約
  • 勤怠記録、給与台帳、退職金計算書
  • メール、チャット、ログ、アクセス履歴、監査記録
  • 経費精算書、請求書、領収書、会計帳簿
  • 顧客苦情、事故報告、行政照会、報道資料
  • ヒアリング記録、録音、本人弁明書
  • 被害弁償、返金、謝罪、再発防止協力の記録

デジタル証拠が関係する場合は、デジタルフォレンジック専門家の関与が有用です。退職間際にPC、スマートフォン、クラウドストレージ、個人メール、USB、外部SaaSへのアクセス履歴を確認する場合、証拠保全の適法性、プライバシー、社内規程との整合を確認する必要があります。

10.2 本人への告知と弁明機会

本人への告知と弁明機会は、懲戒手続だけでなく、退職金支給制限でも重要です。少なくとも次の内容を通知します。

  • 問題とされる事実の概要
  • 該当し得る規程条項
  • 退職金不支給・減額の可能性
  • 弁明提出期限
  • ヒアリング実施日時
  • 代理人・同席者の可否
  • 証拠提出方法

本人が弁明を拒否した場合でも、機会を付与した事実を記録しておきます。

10.3 決裁権限

退職金の全額不支給や大幅減額は、通常の人事決裁より重い決裁を要求すべきです。

次の表は、この章の論点を項目ごとに整理したものです。判断軸をそろえることが重要で、各列を横に見比べると、どの要素を確認し、どの実務上の意味に結び付けるべきかを読み取れます。

処分水準推奨決裁
0〜30%減額人事部長・法務部長決裁、必要に応じて役員承認
30〜70%減額懲戒委員会・コンプライアンス委員会審議、担当役員承認
70〜100%減額代表取締役、取締役会、または権限規程上の最高決裁機関
役員・重要幹部取締役会、指名報酬委員会、監査役・社外役員への報告

全額不支給は、会社の説明責任が大きいため、法務部門と外部弁護士のレビューを経ることが望ましいです。

10.4 理由書の作成

退職金支給制限を行う場合、理由書を作成します。理由書には、次の項目を記載します。

  1. 対象者の氏名、所属、役職、勤続年数
  2. 退職事由および懲戒処分の内容
  3. 認定した事実
  4. 該当規程条項
  5. 証拠の概要
  6. 本人の弁明内容と評価
  7. 非違行為の重大性
  8. 職務関連性、損害、信用毀損
  9. 勤続功労、過去の処分歴、情状
  10. 減額率または不支給とした理由
  11. 支給額、支払時期
  12. 不服申立・問い合わせ窓口

理由書は、本人に交付する簡潔版と、社内保存用の詳細版を分けることもあります。個人情報、第三者情報、調査協力者保護に留意します。

10.5 紛争対応

退職金不支給・減額は、労働審判、訴訟、あっせん、労働基準監督署相談、ユニオン交渉に発展しやすい分野です。

紛争対応では、次の点が重要です。

  • 規程が周知されていたことを証明する
  • 支給制限事由が明確に定められていたことを示す
  • 事実認定の証拠を整理する
  • 懲戒処分の有効性と退職金支給制限の相当性を別々に論証する
  • 全額不支給の場合は、なぜ一部減額では足りないのかを説明する
  • 過去同種事案との均衡を示す
  • 損害賠償請求や刑事告訴と混同しない

11.1 新設と改定は別問題

新会社や新制度で退職金規程を作成する場合と、既存制度に不支給・減額事由を追加する場合では、法的リスクが異なります。

既存制度に支給制限事由を追加する場合、労働者から見れば、退職金を失う可能性が増えるため、不利益変更に当たる可能性が高いです。労働契約法9条・10条を踏まえ、合理性を丁寧に積み上げる必要があります。

11.2 経過措置

不利益変更リスクを下げるため、次のような経過措置が考えられます。

  • 改定日以後の非違行為に限り適用する
  • 改定日前の勤続期間に対応する退職金部分には適用しない、または減額率を限定する
  • 既に退職予定が確定している者には適用しない
  • 一定期間の周知期間を置く
  • 重大事由に限定し、軽微事由を除外する
  • 全額不支給は特に重大な行為に限定する
  • 不服申立手続を設ける

特に、過去の在職期間により形成された退職金期待を一挙に失わせる改定は、合理性が争われやすくなります。

11.3 労使協議・意見聴取

労働基準法90条は、就業規則の作成・変更時に、過半数労働組合または過半数代表者の意見聴取を要求しています。意見聴取は同意とは異なりますが、実務上は説明の質が重要です。

説明資料には、次の事項を含めるとよいでしょう。

  • 改定の背景
  • 対象となる重大行為の例
  • 軽微行為は対象外であること
  • 減額率の考え方
  • 手続保障
  • 労働者からの質問への回答
  • 過去事案や社会情勢を踏まえた必要性
  • 施行日と経過措置

労働組合がある場合は、労働協約との整合を必ず確認します。

13.1 金融・証券・保険

金融業では、顧客資産、未公表情報、適合性原則、利益相反、マネーロンダリング対策が重要です。不支給・減額事由では、顧客資産の着服、無断売買、虚偽説明、インサイダー情報の不正利用、反社・AML違反を重く扱う設計が考えられます。

13.2 医療・介護・ヘルスケア

患者・利用者の生命身体、安全、個人情報が中心です。重大な虐待、医療事故隠蔽、診療記録改ざん、個人情報漏えい、薬機法・広告規制違反などを明確化します。

13.3 IT・AI・データビジネス

ソースコード、モデル、データセット、APIキー、顧客データ、個人情報、セキュリティログが重要です。退職時の情報持ち出し、GitHub等への不正アップロード、生成AIへの秘密情報入力、クラウドストレージの私的利用を想定した条項が必要です。

13.4 製造・品質保証

品質データ改ざん、検査不正、リコール隠し、サプライチェーン不正、製品安全情報の隠蔽が重大です。品質不正は企業存続に関わるため、管理職・品質責任者については重い支給制限事由を設けることが考えられます。

13.5 運輸・建設・インフラ

安全運行、労働災害防止、資格・免許、飲酒・薬物、点検記録改ざんが重要です。飲酒運転や安全規程違反は、私生活上の行為でも職務信頼と結びつく場合があります。

13.6 教育・保育・公共性の高い事業

児童・生徒・利用者への信頼、性犯罪、虐待、飲酒運転、重大なSNS不適切投稿、個人情報漏えいが問題となります。公務員判例の考え方を参考にしつつ、民間事業者では規程文言と業務特性をより丁寧に示すべきです。

退職金規程の不支給・減額事由の設計は、人事部だけで完結しません。企業法務に関わる専門職が連携することで、規程の合理性と運用の実効性が高まります。

次の表は、この章の論点を項目ごとに整理したものです。判断軸をそろえることが重要で、各列を横に見比べると、どの要素を確認し、どの実務上の意味に結び付けるべきかを読み取れます。

専門職・部門主な役割
企業内弁護士・法務担当法的リスク、条項文言、労契法10条、不利益変更、紛争対応を確認
外部弁護士裁判例分析、重大案件の事実認定、懲戒処分・退職金支給制限の適法性意見
社会保険労務士就業規則整備、労基署届出、労使手続、労務管理実務との整合
税理士退職所得課税、源泉徴収、返還時の税務処理
公認会計士退職給付会計、引当金、内部統制、不正調査との整合
内部監査担当不正兆候、統制不備、過去運用の監査
コンプライアンス担当通報制度、調査手続、再発防止策、懲戒委員会運営
デジタルフォレンジック専門家メール、PC、ログ、クラウド証拠の保全・解析
取締役・監査役重大案件のガバナンス、利益相反、経営責任の監督
リーガルオペレーション担当規程管理、承認手順、証跡管理、ナレッジ蓄積

実務では、特に「重大不祥事に伴う退職金全額不支給」を判断する際、法務、人事、コンプライアンス、内部監査、外部弁護士、必要に応じてフォレンジック専門家が初期段階から関与すべきです。

15.1 規程設計チェックリスト

  • 退職金制度の目的が明文化されている
  • 適用対象者が明確です
  • 支給要件が明確です
  • 不支給・減額事由が具体的に定められている
  • 懲戒解雇と全額不支給が自動連動していない
  • 減額率の幅が設けられている
  • 全額不支給の要件が特に重大な行為に限定されている
  • 考慮要素が明文化されている
  • 手続保障が定められている
  • 支給留保の条件・期間が定められている
  • 退職後発覚・返還条項がある
  • 損害賠償請求との関係が整理されている
  • 中退共・DB・DC等の制度制約と整合している
  • 労働協約・雇用契約・採用資料と矛盾していない
  • 就業規則届出・意見聴取・周知が行われている

15.2 個別適用チェックリスト

  • 支給制限事由に該当する具体的事実がある
  • 証拠が保全されている
  • 本人に弁明機会を付与した
  • 懲戒処分の有効性を検討した
  • 退職金支給制限の相当性を別途検討した
  • 勤続年数・過去功労を考慮した
  • 損害額だけで機械的に控除していない
  • 過去同種事案との均衡を確認した
  • 減額率の理由を説明できる
  • 決裁権限に従って承認された
  • 理由書を作成した
  • 支給額・支払時期を通知した
  • 税務・会計処理を確認した
  • 紛争化した場合の証拠ファイルを整備した

退職金規程の不支給・減額事由の設計では、会社が重大な背信行為に厳正に対応できるようにする一方で、退職金の賃金後払い的性格・生活保障的性格を軽視してはなりません。

実務上の最適解は、次のような設計です。

  • 不支給・減額事由を就業規則・退職金規程に明記する
  • 懲戒解雇と全額不支給を自動連動させない
  • 全額不支給は、勤続の功を抹消するほど重大な背信行為に限定する
  • 減額率の幅と考慮要素を定める
  • 本人の弁明、証拠保全、委員会審議、理由書作成を行う
  • 損害賠償・相殺・控除と退職金支給制限を分ける
  • 退職後発覚、支給留保、返還請求の条項を整備する
  • 中退共・DB・DC等の外部制度制約を確認する
  • 既存制度への導入では、労契法10条を踏まえた合理性、周知、労使協議、経過措置を設計する

退職金は、従業員にとって退職後生活に関わる重要な給付であり、企業にとっては長期勤続への報償、内部統制、企業秩序、コンプライアンスを支える制度でもあります。だからこそ、退職金規程の不支給・減額事由の設計は、単なる懲罰条項ではなく、企業法務、人事労務、会計、税務、ガバナンス、危機管理を横断する制度設計として捉えるべきです。

最後に、企業が今すぐ確認すべきことはシンプルです。

注意自社の退職金規程は、重大な背信行為に対応できるだけの明確性を持ちつつ、退職金全額不支給という強い措置について、比例性・手続保障・説明可能性を備えているか。

この問いに明確に答えられない場合、退職金規程の不支給・減額事由の設計を見直すべき時期に来ています。

次の役割分担は、退職金規程の支給制限を人事部だけで判断しないための確認一覧です。重大案件では法務、人事、コンプライアンス、内部監査、経営層、専門職がそれぞれ違う観点を見るため、どの部署が何を確認するかを読み取ることが重要です。

法務・労務

条項文言と手続適正

労働契約法、就業規則、不利益変更、紛争対応、外部専門家との連携を確認します。

人事

過去運用と処分均衡

類似事案、勤続功労、処分歴、制度周知、本人通知を確認します。

コンプライアンス

調査・通報・再発防止

通報制度、事実調査、関係者保護、懲戒委員会運営を支えます。

経営・監査

重大案件のガバナンス

取締役会、監査役、社外役員への報告、利益相反、内部統制を確認します。

Section 09

退職金規程の不支給・減額事由設計のよくある質問

制度説明として、作成可否、全額不支給、損害控除、退職後発覚、中退共、支給留保を確認します。

Q1. 退職金制度を作らないことは可能ですか。

一般的には、退職金制度を設けること自体は法律上の絶対義務ではないとされています。ただし、就業規則、労働協約、雇用契約、内規、慣行で制度化した場合は、支給義務や記載義務が問題になります。具体的な制度設計は、会社の資料を整理して弁護士等の専門家へ相談する必要があります。

Q2. 懲戒解雇なら退職金を全額不支給にできますか。

一般的には、懲戒解雇が有効でも退職金全額不支給が当然に有効になるわけではないとされています。ただし、非違行為の重大性、職務関連性、損害、勤続功労、規程文言によって結論が変わる可能性があります。具体的な適用判断は、証拠と規程を確認して専門家へ相談する必要があります。

Q3. 会社に損害を与えた従業員の退職金から損害額を控除できますか。

一般的には、損害額を当然に控除する設計は、損害賠償予定や賃金全額払い原則との関係で問題になり得ます。ただし、支給条件としての減額判断、本人の自由な同意、判決・和解などで扱いが変わる可能性があります。具体的な処理は、専門家へ相談する必要があります。

Q4. 退職後に横領が発覚した場合、支給済み退職金を返還請求できますか。

一般的には、退職後発覚条項、返還条項、個別合意、不当利得、損害賠償などが検討対象になります。ただし、支給前の減額より難しく、事実認定や返還範囲で争われる可能性があります。具体的な請求方針は、証拠を整理して専門家へ相談する必要があります。

Q5. 競合会社に転職しただけで退職金を減額できますか。

一般的には、単なる競合転職だけで大幅減額や全額不支給とする設計は慎重に考える必要があります。ただし、営業秘密の不正利用、顧客奪取、在職中の背信的準備行為などがある場合は評価が変わります。具体的な条項設計は、範囲・期間・対象者を確認して専門家へ相談する必要があります。

Q6. 中退共を利用している場合も社内規程で全額不支給にできますか。

一般的には、中退共では懲戒解雇等の場合の減額制度があっても、所定の認定手続や制度上の制限が問題になります。社内規程だけで全額不支給と処理できるとは限りません。具体的な対応は、中退共の制度資料と社内規程を確認して専門家へ相談する必要があります。

Q7. 支給日まで調査が終わらない場合、退職金を留保できますか。

一般的には、支払時期や調査中の支給留保をあらかじめ規程に定めている場合、合理的な範囲で留保を検討できる余地があります。ただし、無期限留保や説明不足は紛争リスクになります。具体的には、争いのない部分の支払い、調査期間、本人通知を整理して専門家へ相談する必要があります。

Reference

参考資料・主要情報源

  • 労働基準法11条。Japanese Law Translation「Labor Standards Act」Article 11,
  • 労働基準法89条3号の2。Japanese Law Translation「Labor Standards Act」Article 89,
  • 労働基準法90条。Japanese Law Translation「Labor Standards Act」Article 90,
  • 労働基準法16条。Japanese Law Translation「Labor Standards Act」Article 16,
  • 労働基準法24条。Japanese Law Translation「Labor Standards Act」Article 24,
  • 労働契約法7条。Japanese Law Translation「Labor Contracts Act」Article 7,
  • 労働契約法9条・10条。Japanese Law Translation「Labor Contracts Act」Articles 9 and 10,
  • 労働契約法15条。Japanese Law Translation「Labor Contracts Act」Article 15,
  • 厚生労働省「モデル就業規則」第8章退職金、第54条解説
  • 厚生労働省「確かめよう労働条件|裁判例|退職金不払い」
  • 中央労働基準協会「労働基準判例検索|小田急電鉄(退職金請求)事件」東京高判平成15年12月11日
  • 中央労働基準協会「労働基準判例検索|三晃社事件」最二小判昭和52年8月9日
  • 最高裁判所第一小法廷判決令和5年6月27日、令和4年(行ヒ)第274号、退職手当支給制限処分取消請求事件
  • 最高裁判所第一小法廷判決令和7年4月17日、令和6年(行ヒ)第201号、懲戒免職処分取消等請求事件
  • 沖縄労働局「労働相談事例 退職・解雇Q2|『退職金は退職後1か月以内に支払う』との規定と労基法第23条の関係」
  • 中小企業退職金共済事業本部「懲戒解雇の場合には退職金を減額することができますか?」