2σ Guide

改正前に相続時精算課税を
選択していた人への影響

令和5年度税制改正で創設された年110万円の基礎控除が、既選択者の贈与税、相続税、申告、記録管理にどう影響するかを整理します。

110万円 令和6年以後の年基礎控除
2,500万円 相続時精算課税の特別控除枠
10か月 相続税申告の原則期限
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改正前に相続時精算課税を 選択していた人への影響

令和5年度税制改正で創設された年110万円の基礎控除が、既選択者の贈与税、相続税、申告、記録管理にどう影響するかを整理します。

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改正前に相続時精算課税を 選択していた人への影響
令和5年度税制改正で創設された年110万円の基礎控除が、既選択者の贈与税、相続税、申告、記録管理にどう影響するかを整理します。
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2σ GUIDE ・ VIDEO

  • 改正前に相続時精算課税を 選択していた人への影響
  • 令和5年度税制改正で創設された年110万円の基礎控除が、既選択者の贈与税、相続税、申告、記録管理にどう影響するかを整理します。

POINT 1

  • 相続時精算課税の改正で既選択者に起きる影響
  • 既選択者も令和6年以後の贈与は確認対象です
  • 令和6年以後の贈与
  • 令和5年以前の贈与
  • 暦年課税への復帰

POINT 2

  • 相続時精算課税 ― 用語の定義
  • 3.1 相続時精算課税
  • 3.2 特定贈与者
  • 3.3 相続時精算課税適用者
  • 3.4 暦年課税

POINT 3

  • 相続時精算課税 ― 令和5年度税制改正の骨格
  • 1. 改正前の贈与:年110万円の相続時精算課税基礎控除はなく、2,500万円特別控除と20パーセント税率が中心です。
  • 2. 年110万円控除の開始:特定贈与者からの贈与について、受贈者単位の基礎控除が問題になります。
  • 3. 相続税で精算:令和6年以後の贈与は基礎控除後の残額、令和5年以前の贈与は従前の価額を確認します。

POINT 4

  • 相続時精算課税 ― 改正前にすでに相続時精算課税を選択していた人への基本的影響
  • 1. 贈与者を特定する:父、母、祖父母など、相続時精算課税を選択した特定贈与者を確認します。
  • 2. 贈与年を分ける:令和5年以前か、令和6年1月1日以後かを区分します。
  • 3. 新110万円控除なし:過去分は従前ルールで贈与時価額を確認します。
  • 4. 年110万円控除を検討:受贈者単位の控除、複数贈与者の配分、記録保存を確認します。

POINT 5

  • 相続時精算課税 ― 贈与税計算への影響
  • 6.1 改正前贈与と改正後贈与の計算比較
  • 6.2 令和6年以後、110万円以下の贈与を受けた場合
  • 6.3 令和6年以後、110万円を超える贈与を受けた場合
  • 6.4 複数の特定贈与者がいる場合の110万円控除

POINT 6

  • 相続時精算課税 ― 相続税計算への影響
  • 7.1 相続時精算課税適用財産は相続税計算に取り込まれる
  • 7.2 相続税の申告義務がない場合もある
  • 7.3 相続税申告の期限
  • 7.4 相続税加算額の例

POINT 7

  • 相続時精算課税 ― 令和6年以後の申告実務
  • 評価誤り
  • 不動産、非上場株式、暗号資産などで後から110万円を超えると、申告義務や特別控除に影響します。
  • 申告漏れ
  • 同一年の別の特定贈与者からの贈与を漏らすと、110万円基礎控除の配分をやり直す必要があります。

POINT 8

  • 相続時精算課税 ― 贈与者が贈与した年に死亡した場合
  • 9.1 死亡年の相続時精算課税贈与
  • 9.2 同一年に生存贈与者と死亡贈与者が混在する場合
  • 特定贈与者が、贈与をした年に死亡した場合も問題となる。
  • 令和6年以後の死亡年贈与についても、相続時精算課税に係る基礎控除額を考慮する必要がある。

まとめ

  • 改正前に相続時精算課税を 選択していた人への影響
  • 相続時精算課税の改正で既選択者に起きる影響:既選択者も令和6年以後の贈与は確認対象です
  • 相続時精算課税 ― 用語の定義:3.1 相続時精算課税
  • 相続時精算課税 ― 令和5年度税制改正の骨格:4.1 改正前の問題点
  • 本動画は一般的な情報提供であり、法律上の助言ではありません。記載の数値・金額・期間は目安です。個別事情で結論は変わります。
Overview

相続時精算課税の改正で既選択者に起きる影響

次の重要ポイントは、改正前に相続時精算課税を選択済みの人が最初に押さえるべき結論をまとめたものです。年110万円控除の有無だけで判断すると過去贈与や相続税加算を誤りやすいため重要です。読者は、令和6年以後の贈与、令和5年以前の贈与、暦年課税に戻れない点を分けて読み取ってください。

既選択者も令和6年以後の贈与は確認対象です

同じ特定贈与者から令和6年1月1日以後に受ける贈与は、相続時精算課税の年110万円基礎控除の対象になり得ます。ただし、令和5年以前の贈与にはさかのぼりません。

次の一覧は、既選択者が誤りやすい3つの境界を整理したものです。控除、過去分、制度選択を分けることで、贈与税申告と相続税申告の両方を確認しやすくなります。読者は、どの財産がどの年分に属するかを読み取ってください。

境界1

令和6年以後の贈与

年110万円基礎控除の対象になり得ます。申告不要でも記録保存は必要です。

境界2

令和5年以前の贈与

新しい110万円控除は使えず、従前どおり贈与時価額を基礎に整理します。

境界3

暦年課税への復帰

同じ贈与者について一度選択した相続時精算課税から暦年課税へ戻ることはできません。

令和5年度税制改正により、令和6年1月1日以後に相続時精算課税で贈与を受ける場合、年110万円の基礎控除が新設された。この改正は、令和6年以後に初めて相続時精算課税を選択する人だけでなく、改正前にすでに相続時精算課税を選択していた人にも実務上大きな影響を与える。

結論を先に整理すると、改正前にすでに相続時精算課税を選択していた人は、同じ贈与者から令和6年1月1日以後に受ける贈与について、原則として新設された年110万円の基礎控除を使うことができる。国税庁の令和5年度改正パンフレットでも、令和5年以前の贈与税申告で相続時精算課税を選択していた場合の贈与者も「特定贈与者」に含まれることが示されている。

もっとも、改正の利益が過去にさかのぼるわけではない。令和5年12月31日以前に相続時精算課税で受けた贈与については、新しい年110万円の基礎控除は適用されない。したがって、改正前の贈与財産は、従前どおり贈与時の価額を基礎として相続税の計算に取り込まれる。国税庁も、相続時精算課税に係る基礎控除は令和6年1月1日以後の贈与により取得した財産に限ると説明している。

また、相続時精算課税を一度選択した贈与者については、その贈与者からの贈与を暦年課税に戻すことはできない。この不可逆性は改正後も維持されている。したがって、改正前に選択済みの人は、「もう選択してしまったが、改正後の制度で何が変わるのか」「過去の贈与はどう扱われるのか」「令和6年以後の少額贈与は申告しなくてよいのか」「相続税申告で何を加算するのか」という点を、贈与者ごと、年分ごと、財産ごとに整理する必要がある。

このページは、税理士、弁護士、司法書士、不動産鑑定士、ファイナンシャル・プランナー、相続実務に関与する専門職の視点を統合し、一般の読者にも理解できるように定義を確認しながら、専門的な論点を網羅的に解説する。

Section 01

相続時精算課税 ― このページの対象と前提

このページが対象とするのは、次のような人である。

対象者典型例
改正前に相続時精算課税を選択済みの受贈者令和5年以前に、父、母、祖父母などから贈与を受け、相続時精算課税選択届出書を提出した人
その家族、相続人、受遺者贈与者の死亡後、過去の贈与が相続税や遺産分割にどう影響するかを確認したい人
遺産分割や遺留分で利害関係を持つ人「特定の相続人だけが生前贈与を受けていた」と感じている人
相続実務関係者税務申告、登記、遺産分割協議、調停、審判、訴訟、事業承継、不動産評価を扱う専門職

このページは、令和6年1月1日以後の制度を前提にする。ただし、具体的な税額、申告義務、延滞税、加算税、遺留分、特別受益、登記、評価、贈与契約の有効性などは、個別事情によって結論が変わる。このページは一般的な法令解説であり、個別案件に対する税務代理、法律意見、登記申請代理、鑑定評価ではない。

Section 02

相続時精算課税 ― 用語の定義

3.1 相続時精算課税

相続時精算課税とは、一定の贈与者から一定の受贈者が贈与を受けた場合に、贈与時には相続時精算課税による贈与税を計算し、その後、贈与者が死亡した時に、その贈与財産を相続税の計算に取り込んで精算する制度である。国税庁は、贈与時に贈与税を納め、相続時に相続税で精算する仕組みとして説明している。

令和6年以後の制度では、相続時精算課税を選択した贈与者からの贈与について、年110万円の基礎控除が設けられた。これにより、令和6年1月1日以後の相続時精算課税適用財産については、贈与時の価額から相続時精算課税に係る基礎控除額を控除した残額が、相続税の計算に加算される。

3.2 特定贈与者

特定贈与者とは、相続時精算課税を選択した贈与者をいう。典型的には、父、母、祖父、祖母などである。国税庁のタックスアンサーでは、贈与者は贈与をした年の1月1日において60歳以上の父母または祖父母など、受贈者は18歳以上の子または孫などとされている。

重要なのは、相続時精算課税は贈与者ごとに選択される制度であるという点である。父について相続時精算課税を選択しても、母について当然に相続時精算課税になるわけではない。逆に、父について一度相続時精算課税を選択すると、父からの贈与については暦年課税に戻れない。

3.3 相続時精算課税適用者

相続時精算課税適用者とは、相続時精算課税を選択した受贈者をいう。このページでは、改正前にすでに相続時精算課税を選択していた受贈者を中心に扱う。

3.4 暦年課税

暦年課税とは、1月1日から12月31日までの1年間に受けた贈与について、受贈者ごとに贈与税を計算する通常の制度である。暦年課税には年110万円の基礎控除がある。国税庁は、暦年課税について、1年間に贈与によりもらった財産の価額の合計額が110万円以下であれば贈与税はかからず、贈与税の申告も不要と説明している。

ただし、相続時精算課税を選択した特定贈与者からの贈与については、同じ贈与者について暦年課税の基礎控除を使うことはできない。

3.5 基礎控除と特別控除

相続時精算課税では、令和6年以後、年110万円の基礎控除と、累積2,500万円までの特別控除が問題となる。

両者は機能が異なる。年110万円の基礎控除は、令和6年1月1日以後の贈与について、贈与税計算上も相続税計算上も重要であり、控除された部分は原則として相続税の計算に加算されない。他方、2,500万円の特別控除は、贈与時の贈与税負担を繰り延べる性質が強く、特別控除を受けた部分も、贈与者死亡時には相続税の計算に取り込まれる。

この違いは、改正前に選択済みの人にとって最重要論点である。

3.6 贈与時の価額

相続時精算課税では、相続税の計算において、原則として贈与時の価額が使われる。たとえば、贈与時に1,000万円だった土地が、贈与者死亡時に1,500万円になっていても、相続時精算課税の基本構造では、贈与時の価額を基礎に精算する。

ただし、令和6年以後の贈与については、相続時精算課税に係る基礎控除額を控除した残額が相続税の計算に取り込まれる。また、一定の災害により土地建物に被害があった場合には、後述する災害特例が問題となる。

Section 03

相続時精算課税 ― 令和5年度税制改正の骨格

次の時系列は、相続時精算課税の改正で見るべき時点を整理したものです。適用開始日を誤ると過去贈与に控除を使う誤りにつながるため重要です。読者は、令和5年以前、令和6年以後、贈与者死亡時を分けて読み取ってください。

令和5年以前

改正前の贈与

年110万円の相続時精算課税基礎控除はなく、2,500万円特別控除と20パーセント税率が中心です。

令和6年1月1日以後

年110万円控除の開始

特定贈与者からの贈与について、受贈者単位の基礎控除が問題になります。

贈与者死亡時

相続税で精算

令和6年以後の贈与は基礎控除後の残額、令和5年以前の贈与は従前の価額を確認します。

4.1 改正前の問題点

改正前の相続時精算課税は、2,500万円までの特別控除がある一方で、暦年課税のような年110万円の基礎控除がなかった。そのため、少額贈与であっても、相続時精算課税を選択した贈与者からの贈与であれば、制度上は贈与税申告の負担が生じやすかった。

財務省の令和5年度税制改正解説は、改正前の相続時精算課税について、少額贈与も含めて申告が必要になることが利用上の負担になっていた趣旨を説明している。

4.2 改正後の中核 ― 年110万円の基礎控除

令和6年1月1日以後の相続時精算課税では、特定贈与者からの贈与について、年110万円の基礎控除が設けられた。国税庁は、相続時精算課税に係る贈与税の額について、特定贈与者ごとに1年間に贈与を受けた財産の価額の合計額から相続時精算課税に係る基礎控除額を控除し、さらに特別控除額を控除した残額に20パーセントを乗じて算出すると説明している。

この基礎控除は、暦年課税の基礎控除とは別枠である。財務省の解説でも、暦年課税の基礎控除とは別途、相続時精算課税に係る基礎控除を設けると説明されている。

4.3 改正の適用開始時期

年110万円の基礎控除は、令和6年1月1日以後に取得した相続時精算課税適用財産に適用される。令和5年12月31日以前の贈与には適用されない。国税庁の贈与税タックスアンサーも、相続時精算課税に係る基礎控除は令和6年1月1日以後の贈与により取得する財産について適用されると明記している。

したがって、改正前にすでに選択していた人にとっては、過去分の見直しではなく、令和6年以後の贈与と、贈与者死亡時の相続税計算をどう整理するかが問題となる。

Section 04

相続時精算課税 ― 改正前にすでに相続時精算課税を選択していた人への基本的影響

次の判断の流れは、既選択者が受けた贈与を年分ごとにどう扱うかを整理するものです。年分と贈与者の確認が、申告不要、相続税加算、記録保存のすべてに影響するため重要です。読者は、令和6年以後の贈与だけが新控除の入口になることを読み取ってください。

既選択者の贈与を整理する順番

贈与者を特定する

父、母、祖父母など、相続時精算課税を選択した特定贈与者を確認します。

贈与年を分ける

令和5年以前か、令和6年1月1日以後かを区分します。

令和5年以前
新110万円控除なし

過去分は従前ルールで贈与時価額を確認します。

令和6年以後
年110万円控除を検討

受贈者単位の控除、複数贈与者の配分、記録保存を確認します。

5.1 既選択者にも令和6年以後の年110万円控除が及ぶ

もっとも重要な結論は、改正前にすでに相続時精算課税を選択していた人も、令和6年1月1日以後に同じ特定贈与者から贈与を受ける場合、年110万円の基礎控除の適用対象になり得るということである。

国税庁の令和5年度改正パンフレットは、「特定贈与者」について、令和5年分以前の贈与税の申告で相続時精算課税を選択している場合も含む旨を示している。

この点は、既選択者にとって実務上大きい。たとえば、令和4年に父からの贈与について相続時精算課税を選択した子が、令和6年に同じ父から100万円の現金贈与を受けた場合、その100万円は相続時精算課税の年110万円基礎控除の範囲内となる可能性がある。ほかに同一年中の相続時精算課税対象贈与がなければ、贈与税の申告が不要となり、贈与者死亡時の相続税計算でも加算額は0円となる。

5.2 令和5年以前の贈与にはさかのぼらない

一方で、令和5年以前に受けた贈与について、あとから年110万円を差し引くことはできない。たとえば、令和3年に父から相続時精算課税で1,000万円の贈与を受けた場合、その1,000万円について、令和6年改正を理由に110万円を差し引いて890万円にすることはできない。

この点を誤解すると、相続税申告で過少申告となる可能性がある。改正前の贈与は改正前のルールで整理し、改正後の贈与は改正後のルールで整理する。既選択者の管理実務では、この年分区分が最初の作業になる。

5.3 暦年課税には戻れない

相続時精算課税を一度選択した特定贈与者からの贈与については、選択した年分以後、暦年課税に変更することはできない。国税庁のタックスアンサーも、この制度を選択すると、その選択に係る贈与者から贈与を受ける財産については、選択した年分以降すべて相続時精算課税が適用され、暦年課税へ変更できないと説明している。

したがって、改正前にすでに選択していた人が、改正後に「暦年課税のほうが有利そうだから戻したい」と考えても、同じ贈与者については戻ることができない。もっとも、改正後は相続時精算課税にも年110万円の基礎控除が設けられたため、既選択者の少額贈与に関する事務負担は軽減される方向にある。

5.4 何も贈与を受けていない年は、通常、控除の使いようがない

令和6年以後に年110万円の基礎控除が設けられたといっても、その年に特定贈与者から贈与を受けていなければ、控除を使う場面はない。未使用の年110万円控除を翌年以後に繰り越すこともできない。

たとえば、令和2年に相続時精算課税を選択し、その後令和6年には何も贈与を受けていない場合、令和6年分の110万円控除を令和7年に220万円として使うことはできない。

Section 05

相続時精算課税 ― 贈与税計算への影響

6.1 改正前贈与と改正後贈与の計算比較

改正前にすでに相続時精算課税を選択していた人について、同じ特定贈与者からの贈与を年分ごとに整理すると、基本構造は次のとおりである。

贈与の時期贈与税計算相続税計算での加算
令和5年12月31日以前年110万円の相続時精算課税基礎控除なし。累積2,500万円の特別控除と20パーセント税率が中心原則として贈与時の価額を加算
令和6年1月1日以後年110万円の相続時精算課税基礎控除を控除し、その後、特別控除を控除。残額に20パーセント贈与時の価額から相続時精算課税の基礎控除額を控除した残額を加算

ここで注意すべきは、2,500万円の特別控除は相続税加算額を減らすものではないという点である。特別控除は贈与時の贈与税を軽減または繰り延べる仕組みであり、相続時には相続税計算で精算される。

6.2 令和6年以後、110万円以下の贈与を受けた場合

改正前に父からの贈与について相続時精算課税を選択していた子が、令和6年に父から100万円の贈与を受けたとする。同年中にほかの特定贈与者からの相続時精算課税贈与がない場合、相続時精算課税に係る基礎控除額の範囲内であるため、贈与税はかからず、通常は贈与税申告も不要となる。

国税庁の令和5年度改正パンフレットにも、令和5年分以前の贈与税申告で相続時精算課税を選択していた父から、令和6年中に110万円以下の贈与を受けた場合には、贈与税申告書の提出は不要である旨の例が示されている。

ただし、申告不要であっても、記録不要という意味ではない。贈与契約書、振込記録、通帳、財産評価資料、過去の贈与税申告書、相続時精算課税選択届出書の控えなどは、贈与者死亡時の相続税申告や相続人間の説明のために保存すべきである。

6.3 令和6年以後、110万円を超える贈与を受けた場合

令和6年以後に特定贈与者から110万円を超える贈与を受けた場合、110万円を超える部分について、相続時精算課税の贈与税計算が必要になる。累積2,500万円の特別控除に残額があれば、期限内申告によりその特別控除を使える可能性がある。

国税庁は、相続時精算課税に係る特別控除額は、期限内申告書を提出する場合に限り控除できると説明している。

この点は実務上きわめて重要である。たとえば、土地の評価を誤って「110万円以下だから申告不要」と判断し、相続時精算課税選択届出書のみを提出したが、後に正しい評価額が500万円だったと判明した場合、相続時精算課税自体は適用されるとしても、期限内申告がなければ2,500万円の特別控除を使えない可能性がある。国税庁の質疑応答事例も、評価誤りで110万円以下と判断して申告しなかったケースについて、特別控除が適用されない例を示している。

6.4 複数の特定贈与者がいる場合の110万円控除

相続時精算課税の年110万円基礎控除は、特定贈与者ごとに110万円ずつ使えるわけではない。複数の特定贈与者から同じ年に贈与を受けた場合、基礎控除額は、受贈者単位で年110万円が上限となり、各特定贈与者からの贈与額に応じて配分される。

国税庁は、複数の特定贈与者から贈与を受けた場合、相続時精算課税に係る基礎控除額を、それぞれの特定贈与者からの贈与財産の価額であん分すると説明している。

たとえば、令和6年に父から100万円、母から100万円の相続時精算課税贈与を受けた場合、合計200万円に対して相続時精算課税の基礎控除は110万円である。父からの贈与と母からの贈与に対して、110万円をそれぞれの贈与額割合で配分する。各人から110万円ずつ、合計220万円を控除することはできない。

6.5 暦年課税の贈与者が別にいる場合

父について相続時精算課税を選択済みであっても、母について相続時精算課税を選択していなければ、母からの贈与は原則として暦年課税で処理される。財務省の解説も、相続時精算課税に係る基礎控除は暦年課税の基礎控除とは別に設けられるものとして説明している。

したがって、同一年中に、父から相続時精算課税の範囲で110万円以内の贈与を受け、母から暦年課税で110万円以内の贈与を受けるといった構成は、制度上は別枠の問題として整理される。ただし、贈与者、贈与目的、資金移動、名義預金、実質的な負担者などを誤ると、税務上の評価が変わる可能性がある。

Section 06

相続時精算課税 ― 相続税計算への影響

7.1 相続時精算課税適用財産は相続税計算に取り込まれる

相続時精算課税の本質は、贈与税だけで完結しない点にある。特定贈与者が死亡したとき、相続時精算課税適用財産は、相続税の計算に取り込まれる。国税庁は、相続税の申告が必要かどうかを判断する際、相続や遺贈により取得した財産に加え、相続時精算課税適用財産を含めて判定する旨を説明している。

令和6年以後の贈与については、贈与時の価額の合計額から相続時精算課税に係る基礎控除額を控除した残額が加算対象になる。これに対し、令和5年以前の贈与については、新しい基礎控除を差し引かず、従前のルールで加算額を把握する。

7.2 相続税の申告義務がない場合もある

相続時精算課税を選択していたからといって、必ず相続税申告が必要になるわけではない。国税庁は、相続時精算課税を適用して贈与により取得した財産と、相続や遺贈により取得した財産などを合計しても遺産に係る基礎控除額以下であれば、相続税の申告は必要ないと説明している。

ただし、相続時精算課税で贈与税を納めており、相続税計算上その贈与税額の還付を受けたい場合には、相続税申告書を提出する必要がある。国税庁は、相続税の申告義務がない場合でも、相続時精算課税で納めた贈与税の還付を受けるためには、相続開始を知った日の翌日から5年以内に相続税申告書を提出する必要があると説明している。

7.3 相続税申告の期限

相続税の申告が必要な場合、申告期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内である。国税庁のタックスアンサーでも、この期限が明示されている。

相続時精算課税を選択していた家庭では、過去の贈与の確認、贈与財産の評価、贈与税申告書の探索、複数特定贈与者の整理、遺産分割協議、預金調査、不動産評価が重なることが多い。10か月という期間は、実務上必ずしも長くない。既選択者は、贈与者の生前から資料を整理しておくことが重要である。

7.4 相続税加算額の例

次のような例で考える。

内容贈与額相続税計算での扱い
令和3年父から相続時精算課税で現金贈与1,000万円原則として1,000万円を加算
令和6年同じ父から現金贈与100万円相続時精算課税の基礎控除内であれば加算額0円
令和7年同じ父から現金贈与500万円年110万円控除後の390万円を加算

この例では、令和3年の1,000万円については改正後の110万円控除を差し引けない。他方、令和6年、令和7年の贈与については、令和6年以後の相続時精算課税に係る基礎控除を考慮する。

Section 07

相続時精算課税 ― 令和6年以後の申告実務

次の注意点一覧は、申告不要と考えた場面でも資料保存や評価確認が必要になる理由を整理したものです。110万円以下に見えても、評価誤りや複数贈与者の漏れで申告関係が変わるため重要です。読者は、提出書類がない年ほど受贈者側の記録が重要になることを読み取ってください。

評価誤り

不動産、非上場株式、暗号資産などで後から110万円を超えると、申告義務や特別控除に影響します。

申告漏れ

同一年の別の特定贈与者からの贈与を漏らすと、110万円基礎控除の配分をやり直す必要があります。

記録不足

申告不要でも、贈与契約書、振込記録、評価資料、過去の届出書控えは相続税申告や説明資料になります。

8.1 既選択者は同じ贈与者について新たな選択届出書を出すのか

改正前にすでに相続時精算課税選択届出書を提出し、特定の贈与者について相続時精算課税を選択している場合、同じ贈与者について改めて選択届出書を提出する必要は通常ない。相続時精算課税の選択は、その贈与者について選択した年分以後の贈与に継続して適用されるからである。

ただし、別の贈与者について新たに相続時精算課税を選択する場合には、その別の贈与者について選択届出書の提出が必要になる。たとえば、令和3年に父について選択済みの人が、令和6年に母について初めて相続時精算課税を選択する場合には、母についての選択手続を検討することになる。

8.2 110万円以下なら常に何もしなくてよいわけではない

令和6年以後、特定贈与者からの相続時精算課税贈与が年110万円以下であれば、通常、その贈与について贈与税申告は不要である。しかし、「申告不要」と「資料不要」は別である。

特に既選択者については、相続時に次の点を確認する必要がある。

確認事項理由
その贈与者について本当に相続時精算課税を選択済みか暦年課税か相続時精算課税かで処理が変わる
贈与年が令和5年以前か令和6年以後か年110万円控除の有無が変わる
同一年に他の特定贈与者から贈与がないか110万円控除の配分が必要になる
贈与財産の評価額が正しいか110万円以下かどうか、申告義務、相続税加算額に影響する
贈与契約と資金移動の実態があるか名義預金、使い込み疑い、贈与無効の争点を避けるため

8.3 評価誤りと期限内申告の危険

既選択者の実務で特に危険なのは、不動産、非上場株式、貸付金、著作権知的財産、暗号資産など、評価が容易でない財産を「110万円以下」と見込んで申告しなかった場合である。

後日、正しい価額が110万円を超えると判明した場合、贈与税申告が必要だったことになる。さらに、相続時精算課税の2,500万円特別控除は、期限内申告が要件となるため、評価誤りによって期限内申告をしていない場合には、特別控除が使えない可能性がある。国税庁の質疑応答事例は、このような評価誤りの場面で、基礎控除は適用されても、期限内申告がないため特別控除は適用されない例を示している。

したがって、110万円を少し下回ると見込まれる不動産持分や非上場株式の贈与では、税理士、不動産鑑定士、公認会計士などによる事前検討が重要である。

8.4 申告漏れと複数贈与者の再配分

同一年に複数の特定贈与者から贈与を受けている場合、1件の贈与を漏らすと、110万円基礎控除の配分が変わることがある。

たとえば、父からの贈与だけを申告していたが、同じ年に母からも相続時精算課税贈与を受けていたことが後で判明した場合、父と母の贈与額に応じて相続時精算課税の基礎控除額をあん分し直す必要がある。国税庁の質疑応答事例も、申告漏れがあった場合に、基礎控除の配分や特別控除の適用関係が変わる例を示している。

既選択者の家庭では、父、母、祖父、祖母の複数人から過去に相続時精算課税を選択していることがある。1人の贈与者だけを見るのではなく、受贈者単位で、その年の全特定贈与者からの贈与を一覧化する必要がある。

Section 08

相続時精算課税 ― 贈与者が贈与した年に死亡した場合

9.1 死亡年の相続時精算課税贈与

特定贈与者が、贈与をした年に死亡した場合も問題となる。国税庁は、相続時精算課税の適用を受ける財産について、贈与者が贈与をした年に死亡した場合、その財産は相続税の課税対象となり、贈与税の申告は不要と説明している。

令和6年以後の死亡年贈与についても、相続時精算課税に係る基礎控除額を考慮する必要がある。国税庁は、令和6年1月1日以後に相続時精算課税の適用を受ける財産を贈与により取得した場合には、その年分の相続時精算課税に係る基礎控除額を控除した残額を相続税の課税価格に加算すると説明している。

9.2 同一年に生存贈与者と死亡贈与者が混在する場合

同じ年に、父から相続時精算課税贈与を受け、その父が年内に死亡し、さらに母からも相続時精算課税贈与を受けている場合、110万円基礎控除の配分が複雑になる。

国税庁の質疑応答事例は、贈与者が贈与をした年に死亡した場合でも、同一年中に他の特定贈与者からの贈与があるときは、死亡した特定贈与者からの贈与も含めて基礎控除額を計算する趣旨の例を示している。

既選択者の相続税申告では、「死亡年だから贈与税申告は不要」という理解だけでは足りない。相続税申告側で、その年の相続時精算課税贈与全体を確認し、110万円の配分を行う必要がある。

Section 09

相続時精算課税 ― 暦年課税との関係

次の一覧は、同じ110万円でも相続時精算課税と暦年課税で意味が違う点を整理したものです。制度を混同すると、同じ贈与者に暦年課税の控除を使う誤りにつながるため重要です。読者は、贈与者ごとに制度が分かれることを読み取ってください。

同じ贈与者

暦年課税には戻れない

父について相続時精算課税を選択済みなら、父からの贈与には相続時精算課税の枠を使います。

別の贈与者

制度が分かれることがある

母について選択していなければ、母からの贈与は原則として暦年課税で整理します。

相続前加算

暦年課税側も改正あり

令和6年以後の暦年課税贈与は、相続前加算期間の見直しも確認します。

10.1 同じ贈与者には暦年課税の110万円を使えない

改正前に父について相続時精算課税を選択している場合、令和6年以後に父から贈与を受けたとき、その贈与について暦年課税の年110万円基礎控除を使うことはできない。使うのは、相続時精算課税に係る年110万円基礎控除である。

この2つは同じ「110万円」という金額であるため混同されやすい。しかし、制度上は別の控除であり、相続税への加算関係も異なる。

10.2 別の贈与者なら制度が分かれる

父について相続時精算課税を選択していても、母について選択していなければ、母からの贈与は原則として暦年課税となる。したがって、父からの相続時精算課税贈与について相続時精算課税の110万円基礎控除を使い、母からの暦年課税贈与について暦年課税の110万円基礎控除を使うという場面があり得る。

ただし、誰の財産が実際に贈与されたのかは厳密に確認すべきである。形式上は母からの贈与でも、原資が父の資金であり、父が管理していたなどの事情があると、税務上または相続紛争上、別の評価を受ける可能性がある。

10.3 暦年課税の相続前加算の拡大にも注意

令和5年度税制改正では、暦年課税に係る相続前贈与の加算期間も見直された。令和6年1月1日以後の贈与について、相続前贈与の加算期間が段階的に7年へ延長される。

これは、相続時精算課税を選択済みの特定贈与者からの贈与そのものとは別の論点である。しかし、既選択者の家庭では、父は相続時精算課税、母は暦年課税、祖父母は別制度というように複数制度が混在することが多い。相続税申告では、相続時精算課税適用財産と暦年課税の加算対象贈与を分けて整理する必要がある。

Section 10

相続時精算課税 ― 災害により相続時精算課税適用財産が被害を受けた場合

次の一覧は、災害特例を検討する際の確認点を整理したものです。年110万円控除とは異なり、過去に相続時精算課税で取得した一定の土地建物も対象になり得るため重要です。読者は、物理的被害、申請・承認、証拠保存を分けて読み取ってください。

対象財産

土地または建物

相続時精算課税で取得した土地建物が災害で一定の被害を受けた場合に検討します。

時期

令和6年以後の災害

令和5年以前に取得した一定の土地建物でも、令和6年以後の災害なら対象になり得ます。

証拠

被害と価額の資料

罹災証明、写真、修繕見積、評価資料などを早期に確保します。

11.1 災害特例の新設

令和5年度税制改正では、相続時精算課税で取得した土地や建物が災害により一定の被害を受けた場合の特例も設けられた。国税庁は、相続時精算課税の適用を受けて贈与により取得した土地または建物が災害により一定の被害を受けた場合、税務署長の承認を受けることにより、相続税計算における加算額を調整できる制度を説明している。

相続時精算課税では、相続税計算上、原則として贈与時の価額が使われる。そのため、贈与後に災害で価値が大きく下がっても、従前は贈与時の価額で相続税に取り込まれるという問題があった。災害特例は、この不合理を緩和するための制度である。

11.2 改正前に贈与された土地建物にも適用され得る

既選択者にとって重要なのは、この災害特例が、一定の条件のもとで令和5年12月31日以前に相続時精算課税で取得した土地建物にも適用され得る点である。国税庁の資料は、令和5年12月31日以前の贈与により取得した特定土地または特定建物についても、令和6年1月1日以後に災害が発生した場合には対象となる旨を説明している。

これは、年110万円基礎控除とは異なる意味で、改正前選択者に影響する経過的な論点である。すなわち、年110万円控除は過去贈与にさかのぼらないが、土地建物の災害特例については、過去に相続時精算課税で取得した一定の土地建物も対象になり得る。

11.3 特例の対象を慎重に確認する必要

災害特例は、単に価値が下がった、売却しにくくなった、地価が下落したというだけでは足りない。国税庁資料は、災害によって物理的な損失を受けたこと、一定割合以上の被害であること、申請や承認が必要であることなどを説明している。

したがって、地震、豪雨、土砂災害、火災などで相続時精算課税適用財産に被害が生じた場合には、税理士、不動産鑑定士、土地家屋調査士、建築士、保険会社、自治体の罹災証明担当などと連携して、早期に証拠を確保する必要がある。

Section 11

相続時精算課税 ― 不動産がある場合の専門的論点

12.1 贈与時価額の資料保存

相続時精算課税で不動産の贈与を受けた場合、贈与時の価額が相続税計算に影響する。土地であれば路線価、倍率方式、地積、権利関係、借地権、貸家建付地、私道、セットバック、都市計画、地目、利用状況が問題になる。建物であれば固定資産税評価額、増改築、附属設備、賃貸状況が問題になる。

改正前に贈与された不動産については、令和6年以後の年110万円控除は使えない。そのため、贈与時の評価資料を後から再現できるかが重要になる。贈与税申告書、財産評価明細書、固定資産税評価証明書、登記事項証明書、公図、地積測量図、賃貸借契約書、写真、鑑定評価書などを保存すべきである。

12.2 相続登記義務化との関係

相続時精算課税で生前贈与された不動産は、すでに受贈者名義に移転登記されていることが多い。一方、贈与者死亡時に残っている不動産については、相続登記が問題になる。相続登記は令和6年4月1日から義務化されている。法務局も、相続登記の申請義務化が令和6年4月1日から始まったことを案内している。

既選択者の家庭では、「すでに贈与された不動産」と「死亡時に残っている不動産」が混在する。司法書士は、登記名義、相続関係、遺産分割協議書、固定資産評価証明書、相続税申告書との整合性を確認する必要がある。

12.3 遺産分割における評価額とのずれ

相続時精算課税の相続税計算では贈与時価額が重要であるが、遺産分割や遺留分の場面では、民法上の評価時点や評価方法が問題になることがある。税務上の評価額と、遺産分割上の時価、遺留分侵害額請求における評価が一致するとは限らない。

たとえば、相続時精算課税で贈与された土地の贈与税評価額が1,000万円であっても、相続開始時の実勢価格が2,000万円であれば、共同相続人間の公平感、特別受益、遺留分をめぐる紛争では、別の評価が争点になる可能性がある。

このため、不動産が関係する既選択者の相続では、税理士だけでなく、弁護士、不動産鑑定士、司法書士、土地家屋調査士が連携する必要がある。

Section 12

相続時精算課税 ― 争族、遺留分、使い込み疑いへの影響

13.1 相続時精算課税の記録は紛争予防資料になる

相続時精算課税を選択している場合、過去の贈与は税務申告書や届出書に残っていることが多い。これは税務上の資料であると同時に、相続人間の説明資料にもなる。

ある相続人が「兄だけが生前に多額の贈与を受けた」と主張する場合、相続時精算課税の贈与税申告書、贈与契約書、振込記録、財産評価資料は、贈与の時期、金額、対象財産、当事者の意思を示す重要資料となる。

13.2 税務上の加算と民法上の特別受益は同じではない

相続時精算課税で相続税計算に加算されることと、民法上の特別受益として遺産分割に持ち戻されることは、同じではない。税務上の処理は相続税を計算するためのルールであり、民法上の特別受益は共同相続人間の公平を調整するためのルールである。

したがって、相続時精算課税で申告されているから当然に特別受益になるとも限らず、逆に税務申告がないから特別受益ではないともいえない。贈与の趣旨、金額、生活状況、婚姻や養子縁組のための贈与か、生計の資本としての贈与か、被相続人の明示または黙示の持戻し免除意思があるかなど、民法上の検討が必要である。

13.3 遺留分との関係

相続時精算課税で多額の生前贈与が行われている場合、遺留分侵害額請求の対象となるかどうかが問題になることがある。遺留分の場面では、相続人に対する特別受益、相続人以外への贈与、贈与時期、当事者双方の認識、損害を加えることを知っていたかなど、税務とは別の要件が検討される。

税務上は相続時精算課税で処理されていても、遺留分の算定では民法のルールに従って検討する必要がある。弁護士は、贈与税申告書を証拠として使いつつ、遺留分制度の要件に即して主張立証を構成することになる。

13.4 使い込み疑いとの関係

相続開始後、預金の出金履歴を見た相続人が、「これは被相続人の財産を使い込んだのではないか」と疑うことがある。相続時精算課税で贈与を受けていた場合、贈与契約書と税務申告書があれば、少なくともその資金移動については贈与として説明しやすい。

他方、実際には被相続人本人の意思に基づく贈与ではなく、受贈者が通帳やキャッシュカードを管理して勝手に移動した資金であれば、贈与とはいえない可能性がある。税務申告があることは重要な事情であるが、贈与契約の有効性を絶対に保証するものではない。

Section 13

相続時精算課税 ― 事業承継、非上場株式、会社財産がある場合

14.1 非上場株式の贈与

改正前に相続時精算課税を選択して、非上場株式の贈与を受けた人もいる。非上場株式は評価が複雑であり、会社規模、類似業種比準価額、純資産価額、配当、利益、簿価、含み益、株主構成、議決権、種類株式、退職金、保険、土地保有特定会社などが問題となる。

令和6年以後に追加で株式贈与を受ける場合、年110万円の相続時精算課税基礎控除は使える可能性がある。しかし、株式評価を誤ると、申告義務や特別控除の適用に影響する。110万円以下と見込んで申告しなかったが、後日評価額が大きく上がるというリスクは、不動産以上に深刻なことがある。

14.2 事業承継税制との区別

相続時精算課税と事業承継税制は別の制度である。非上場株式の承継では、贈与税の納税猶予、相続税の納税猶予、特例承継計画、認定、雇用要件、後継者要件、担保、継続届出など、相続時精算課税とは異なる制度が関係することがある。

改正前に相続時精算課税を選択している場合でも、事業承継税制の適用可否やリスクは別途検討が必要である。税理士、公認会計士、中小企業診断士、弁護士、金融機関が連携して、議決権、経営支配、納税資金、遺留分対策を含めて設計すべきである。

Section 14

相続時精算課税 ― 受贈者が孫である場合

相続時精算課税は、一定の要件を満たす孫も選択できる。したがって、改正前に祖父母から孫への贈与について相続時精算課税を選択しているケースがある。

孫が受贈者である場合、次の点に注意が必要である。

論点注意点
相続税計算祖父母死亡時に相続時精算課税適用財産が相続税計算に関係する
相続人かどうか孫が法定相続人でない場合でも、相続時精算課税適用財産により相続税申告上の関係者になることがある
2割加算孫が相続税の2割加算対象になるかを検討する必要がある
遺留分、特別受益親世代の相続人から見て不公平感が生じやすい
教育資金、住宅資金との混同他の贈与税非課税制度と混同しないことが重要

孫への贈与は、家族全体の相続設計では有効なことがある一方、相続人間の感情的対立を生みやすい。改正後の110万円控除だけに注目せず、祖父母、親、孫の三世代で税務と民事の影響を確認すべきである。

Section 15

相続時精算課税 ― 既選択者が直ちに行うべき資料整理

改正前にすでに相続時精算課税を選択していた人は、次の資料を整理することが望ましい。

資料確認目的
相続時精算課税選択届出書の控えどの贈与者について、いつ選択したかを確認する
過去の贈与税申告書贈与年、贈与額、特別控除の使用状況を確認する
財産評価明細書不動産、株式などの評価根拠を確認する
贈与契約書贈与の意思、対象財産、日付を確認する
通帳、振込記録資金移動の実態を確認する
登記事項証明書不動産、会社関係の名義変更を確認する
固定資産税評価証明書、路線価資料不動産評価を再現する
会社決算書、株主名簿非上場株式評価、事業承継を確認する
保険証券、契約照会資料相続税申告全体との整合性を確認する
遺言書、遺産分割協議書案贈与と相続分、遺留分の関係を確認する

この資料整理は、贈与者が死亡してから始めると困難になる。とくに、贈与者本人しか把握していない経緯、過去の申告書の保管場所、評価資料、通帳の流れは、生前に確認しておくべきである。

Section 16

相続時精算課税 ― 税理士の視点

税理士にとって、既選択者の改正影響を確認する中心作業は、次の5つである。

  1. 贈与者ごとの相続時精算課税選択状況の確認
  2. 令和5年以前の贈与と令和6年以後の贈与の区分
  3. 年110万円基礎控除の適用と複数特定贈与者のあん分
  4. 2,500万円特別控除の累積使用額と期限内申告の確認
  5. 相続税申告における相続時精算課税適用財産の加算、贈与税額控除、還付の検討

特に、令和6年以後の少額贈与については申告不要となるケースがあるため、税務署に提出された資料だけでは全体像を把握できない可能性がある。申告不要贈与も含めて、受贈者側のメモ、通帳、契約書を確認する必要がある。

Section 17

相続時精算課税 ― 弁護士の視点

弁護士にとって、相続時精算課税は税務制度であると同時に、相続紛争の証拠構造に影響する制度である。

争点になりやすいのは次の事項である。

争点実務上の検討
贈与の有効性贈与者の意思能力、贈与意思、受贈者の受諾、契約書、資金移動
特別受益贈与の目的、金額、共同相続人間の公平、持戻し免除
遺留分贈与時期、受贈者の属性、遺留分侵害額への算入可否
使い込み贈与か無断出金か、通帳管理者、被相続人の意思
説明義務相続人間で過去の贈与をどこまで開示するか
調停、審判、訴訟税務資料を民事上の証拠としてどう位置づけるか

改正後の110万円控除は税務上の負担を軽くする可能性があるが、民事上の紛争を当然に消すものではない。少額贈与であっても、長年にわたり反復されれば、相続人間の感情的対立を生むことがある。

Section 18

相続時精算課税 ― 司法書士、行政書士、公証人の視点

司法書士は、不動産登記、相続登記、遺産分割協議書、裁判所提出書類の作成支援などの場面で、相続時精算課税の資料と接点を持つ。不動産が生前贈与されている場合、贈与登記の履歴、登録免許税、不動産取得税、固定資産評価、相続開始時に残る不動産との区別を確認する必要がある。

行政書士は、争いのない案件で遺産分割協議書、相続関係説明図、金融機関提出書類、遺言作成支援に関与することがある。相続時精算課税の贈与がある場合、遺産分割協議書に過去贈与の扱いをどう記載するかは、弁護士、税理士と連携して判断すべきである。

公証人は、公正証書遺言の作成に関与する。相続時精算課税で過去に贈与した財産がある場合、遺言者がその贈与を考慮して遺言内容を設計しているか、遺留分に配慮しているか、付言事項で説明を残すかが重要になる。

Section 19

相続時精算課税 ― 不動産鑑定士、土地家屋調査士、宅地建物取引士の視点

不動産鑑定士は、贈与時価額、相続開始時価額、遺産分割上の時価、遺留分算定上の時価が問題になる場合に重要である。税務評価と不動産鑑定評価は目的が異なるため、必要に応じて使い分けるべきである。

土地家屋調査士は、境界、分筆、地積更正、表示登記、建物滅失、増築未登記部分などを扱う。相続時精算課税で贈与された土地建物に境界問題や未登記建物がある場合、相続税評価、売却、遺産分割、災害特例の証拠整理に影響する。

宅地建物取引士や不動産仲介業者は、相続不動産を売却して納税資金を確保する場合や、代償分割資金を準備する場合に関与する。相続時精算課税で過去に贈与された不動産は、売却代金そのものは受贈者の財産であるが、相続税計算上は過去贈与として加算されることがあるため、資金計画で混同しないことが重要である。

Section 20

相続時精算課税 ― よくある誤解

次の注意点一覧は、相続時精算課税改正で起こりやすい誤解を整理したものです。誤解は過少申告、記録不足、相続人間の説明不足につながるため重要です。読者は、どの誤解が自分の資料整理に影響するかを読み取ってください。

既選択者は対象外という誤解

令和5年以前に選択済みでも、令和6年以後の贈与は年110万円控除を検討できます。

過去贈与にも控除できるという誤解

令和5年以前の相続時精算課税贈与に、新しい110万円控除はさかのぼりません。

2,500万円以内なら相続税に入らないという誤解

特別控除は贈与税の計算上の控除であり、相続税計算から当然に除外するものではありません。

110万円以下なら記録不要という誤解

申告不要でも、相続税申告、税務調査、遺留分紛争に備えて資料保存が必要です。

21.1 「改正前に選択した人は新制度の対象外である」という誤解

これは誤りである。令和5年以前に相続時精算課税を選択していた場合の贈与者も、令和6年以後の相続時精算課税に係る基礎控除の文脈で特定贈与者に含まれる。したがって、既選択者も令和6年以後の贈与について年110万円控除の適用を検討できる。

21.2 「過去の贈与にも毎年110万円を引ける」という誤解

これは誤りである。令和5年12月31日以前の相続時精算課税贈与には、新しい年110万円基礎控除は適用されない。相続税申告では、過去分を改正後のルールで減額しないよう注意する。

21.3 「2,500万円以内なら相続税にも入らない」という誤解

これは誤りである。2,500万円の特別控除は贈与税の計算上の控除であり、相続税計算から除外する控除ではない。相続時精算課税で贈与された財産は、贈与者死亡時に相続税計算へ取り込まれる。令和6年以後の贈与については、年110万円基礎控除後の残額が問題となる。

21.4 「110万円以下なら記録しなくてよい」という誤解

これは危険である。令和6年以後の相続時精算課税贈与が110万円以下で申告不要となる場合でも、贈与の証拠、価額、日付、贈与者、受贈者、財産の内容は記録すべきである。相続税申告、税務調査、相続人間の説明、遺留分紛争で必要になることがある。

21.5 「父から110万円、母から110万円なら相続時精算課税で合計220万円控除できる」という誤解

父母の双方について相続時精算課税を選択している場合、相続時精算課税に係る年110万円基礎控除は、受贈者単位で配分される。特定贈与者ごとに110万円ずつ控除できるわけではない。

ただし、一方が相続時精算課税、他方が暦年課税である場合には、制度が別枠になるため、別途検討が必要である。

Section 21

相続時精算課税 ― 具体例で見る既選択者への影響

次の一覧は、既選択者への影響を具体例で整理したものです。金額、年分、贈与者の組み合わせで結論が変わるため重要です。読者は、同じ100万円でも令和3年分と令和6年分で扱いが違うこと、父母双方では110万円控除の配分が必要になることを読み取ってください。

1

改正前1,000万円と改正後100万円

令和3年分の1,000万円には新控除を使えず、令和6年分100万円は基礎控除内になり得ます。

年分区分過去分注意
2

改正後500万円の追加贈与

令和7年分は110万円控除後の390万円を基礎に、特別控除や相続税加算を確認します。

追加贈与申告確認
3

父母双方が特定贈与者

父母それぞれ110万円ではなく、受贈者単位の110万円を贈与額で配分します。

複数贈与者配分注意
4

父は精算課税、母は暦年課税

制度は別枠になり得ますが、資金の実質的な出どころを確認する必要があります。

制度混在実態確認
5

過去贈与建物の災害被害

年110万円控除は使えなくても、一定の災害特例を検討できる可能性があります。

災害証拠保全

22.1 例1 ― 改正前に1,000万円、改正後に100万円の贈与

令和3年に父から1,000万円の贈与を受け、相続時精算課税を選択した。令和6年に同じ父から100万円の贈与を受けた。

この場合、令和3年の1,000万円には新しい110万円控除は使えない。父の相続時には原則として1,000万円が相続税計算に加算される。一方、令和6年の100万円については、ほかに同年中の相続時精算課税贈与がなければ、年110万円基礎控除の範囲内であり、贈与税申告不要、相続税加算額0円となる可能性がある。

22.2 例2 ― 改正後に500万円の追加贈与

令和2年に父について相続時精算課税を選択し、令和7年に同じ父から500万円の現金贈与を受けた。

この場合、令和7年分の相続時精算課税に係る基礎控除110万円を控除した390万円が、贈与税計算上の基礎になる。2,500万円の特別控除に残額があれば、期限内申告により390万円部分について特別控除を使える可能性がある。父の相続時には、令和7年贈与について390万円が相続税計算に加算される。

22.3 例3 ― 父母双方が特定贈与者

令和4年に父について相続時精算課税を選択し、令和5年に母についても相続時精算課税を選択した。令和6年に父から100万円、母から100万円の贈与を受けた。

この場合、相続時精算課税に係る基礎控除は父母それぞれ110万円ではなく、受贈者単位で年110万円である。したがって、合計200万円に対して110万円をあん分する。各贈与者ごとの相続税加算額も、その配分後の額を基礎に整理する。

22.4 例4 ― 父は相続時精算課税、母は暦年課税

令和4年に父について相続時精算課税を選択したが、母については選択していない。令和6年に父から100万円、母から100万円の贈与を受けた。

この場合、父からの100万円は相続時精算課税に係る基礎控除の対象となり得る。母からの100万円は、原則として暦年課税の基礎控除の対象となる。もっとも、実質的に父の資金を母名義で贈与しただけではないか、名義預金ではないかなど、資金の実態確認は必要である。

22.5 例5 ― 令和5年以前に贈与された建物が令和6年以後の災害で被害を受けた

令和3年に祖父から建物の贈与を受け、相続時精算課税を選択した。令和6年以後に災害でその建物が大きく損壊した。

この場合、令和3年贈与そのものに年110万円基礎控除は適用されない。しかし、一定の条件を満たせば、相続時精算課税の災害特例により、祖父の相続税計算で加算される価額について調整を受けられる可能性がある。国税庁資料は、令和5年以前に取得した一定の土地建物についても、令和6年1月1日以後に災害が発生した場合に対象となり得る旨を説明している。

Section 22

相続時精算課税 ― 実務チェックリスト

改正前にすでに相続時精算課税を選択していた人は、次の順序で確認するとよい。

手順確認内容
1相続時精算課税を選択した贈与者をすべて一覧化する
2各贈与者について、選択した年分と届出書の控えを確認する
3令和5年以前の贈与を年分別、財産別に整理する
4令和6年以後の贈与を年分別、財産別に整理する
5同一年中に複数の特定贈与者から贈与がないか確認する
6令和6年以後の年110万円基礎控除を正しく配分する
72,500万円特別控除の累積使用額を贈与者ごとに確認する
8期限内申告をしているか、申告漏れや評価誤りがないか確認する
9贈与者が死亡した年の贈与を相続税側で整理する
10不動産、非上場株式、事業用資産の評価資料を保存する
11災害被害を受けた土地建物がないか確認する
12相続税申告、遺産分割、遺留分、相続登記との整合性を確認する
Section 23

相続時精算課税 ― 専門家に相談すべき場面

次のいずれかに当てはまる場合、自己判断は避けるべきである。

場面主に相談すべき専門家
相続税が発生しそう税理士
過去の相続時精算課税申告書が見つからない税理士、税務署への開示手続に詳しい専門家
相続人間でもめている弁護士
遺留分侵害額請求が問題になっている弁護士
不動産の名義変更、相続登記が必要司法書士
不動産評価が争点不動産鑑定士、税理士、弁護士
土地の境界、分筆、地積に問題がある土地家屋調査士
非上場株式、会社承継がある税理士、公認会計士、中小企業診断士、弁護士
公正証書遺言を作りたい公証人、弁護士、司法書士、税理士
災害で土地建物が損壊した税理士、不動産鑑定士、土地家屋調査士、自治体、保険会社

相続時精算課税は、税務だけでなく、民事、登記、評価、家族関係、資金計画に広く影響する。専門家は単独で完結するのではなく、必要に応じて連携することが望ましい。

Section 24

相続時精算課税 ― 結論

改正前にすでに相続時精算課税を選択していた人への影響は、単純に「有利になった」とだけ理解すべきではない。令和6年1月1日以後の贈与については、年110万円の相続時精算課税基礎控除により、少額贈与の贈与税申告負担が軽減され、相続税計算でもその控除部分が加算されないという重要な効果がある。

しかし、令和5年以前の贈与に新しい110万円控除はさかのぼらない。相続時精算課税を選択した贈与者について暦年課税に戻ることもできない。2,500万円特別控除は贈与税の計算上の控除であって、相続税計算から除外するものではない。複数特定贈与者がいる場合には110万円控除の配分が必要であり、評価誤りや申告漏れがあると特別控除の適用にも影響する。

したがって、既選択者がまず行うべきことは、制度の有利不利を抽象的に論じることではなく、贈与者ごと、年分ごと、財産ごとに過去と現在の贈与を一覧化することである。そのうえで、令和5年以前の贈与、令和6年以後の贈与、死亡年贈与、複数特定贈与者、災害被害、不動産、非上場株式、遺留分、相続登記を一体として確認する必要がある。

「改正前にすでに相続時精算課税を選択していた人への影響」は、年110万円控除の新設だけでは語り尽くせない。税務申告、相続税精算、証拠保存、家族間紛争、登記、評価、事業承継を含む総合的な相続実務の問題として把握すべきである。

Reference

この記事の参考資料

税務・法務の一次情報

  • 国税庁「No.4103 相続時精算課税の選択」
  • 国税庁「No.4402 贈与税がかかる場合」
  • 国税庁「No.4410 複数の人から贈与を受けたとき」
  • 国税庁「No.4301 相続時精算課税の選択と相続税の申告義務」
  • 国税庁「No.4307 贈与者が贈与をした年に死亡した場合」
  • 国税庁「No.4205 相続税の申告と納税」
  • 国税庁「令和5年度相続税及び贈与税の税制改正のあらまし」
  • 国税庁「相続税及び贈与税等に関する質疑応答事例(令和5年度税制改正関係)」
  • 国税庁「相続時精算課税に係る土地又は建物の価額の特例に関する質疑応答事例」
  • 財務省「令和5年度税制改正の解説(相続税、贈与税関係)」
  • 法務局「相続登記の申請義務化について」