裁判外で説明、資料開示、再発防止、損害賠償、関係調整を目指す手続を一般情報として整理します。
裁判外で説明、資料開示、再発防止、損害賠償、関係調整を目指す手続を一般情報として整理します。
裁判外で対話と合意形成を目指す制度を整理します。
医療ADRで医療過誤トラブルを解決する手続きとは、医療事故や医療過誤をめぐる患者側・医療機関側の対立について、裁判所の判決ではなく、中立的な第三者が関与する話合いにより、説明、資料開示、謝罪・遺憾表明、再発防止、損害賠償、関係調整などの合意を目指す手続です。
ADRは、一般に「裁判外紛争解決手続」と呼ばれます。医療ADRは、そのうち医療紛争に焦点を当てた専門的な手続です。医療紛争は、医学的専門性、診療録の読み解き、医療水準、過失、因果関係、損害評価、患者・家族の心理的負担、医療者側の説明責任や業務負担が複雑に絡みます。そのため、単に「病院が悪いか」「患者が勝てるか」だけで整理すると、実際の解決から遠ざかることがあります。
医療ADRの特徴は、法的責任の有無だけを判定するのではなく、当事者の対話と相互理解を通じて、現実的な解決を探る点にあります。日弁連も、医療ADRについて、医療行為の過失の有無という責任判定のみに終始せず、患者側・医療機関側双方の話合いの中で適切妥当な解決を目指すものと説明しています。
一方で、医療ADRには限界もあります。相手方の参加を強制できないこと、金銭支払を当然に命じられないこと、法的責任の確定をする手続ではないこと、時効完成猶予や執行力の扱いが機関・手続・認証の有無により異なり得ることなどです。したがって、医療ADRは「裁判より必ず有利な手段」ではなく、紛争の目的・証拠状況・相手方の姿勢・時効・費用・精神的負担を総合して選択する選択肢と理解する必要があります。
医療ADRで医療過誤トラブルを解決する手続きは、おおむね次の流れで進みます。
政府広報オンラインが説明するADR一般の流れも、申立て、相手方への連絡、相手方の合意、調停人・あっせん人等を介した話合い、合意または不成立という構造です。
ただし、医療ADRは一般的な近隣トラブルや金銭貸借トラブルと違い、医学的な論点が入りやすい点に注意が必要です。たとえば、患者側が「手術ミスだ」と感じていても、法的には、当時の医療水準に照らして注意義務違反があったか、その違反と死亡・後遺障害・悪化との間に相当因果関係があるか、どの範囲の損害が認められるか、という形で論点が整理されます。
そのため、医療ADRの成功は、感情を抑えることだけで決まるわけではありません。むしろ重要なのは、感情を無視せず、同時に、事実・医学・法律・交渉条件を分けて整理することです。
次の判断の流れは、医療ADRの大まかな順番です。準備、申立て、参加確認、期日、合意または不成立の順に読むことで、どの段階で資料や時効を確認すべきかが分かります。
診療経過、診療録、損害、疑問点を整理します。
ADR機関の様式に合わせて書類を提出します。
相手方が応じるか確認されます。
説明、資料開示、再発防止、金銭解決などを話し合います。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
ADRとは、Alternative Dispute Resolution の略で、日本語では「裁判外紛争解決手続」と訳されます。裁判所の判決による解決だけではなく、あっせん、調停、仲裁など、第三者が関与して話合いまたは判断により紛争解決を図る手続を広く含みます。
ADRには、裁判所が行う民事調停などの司法型ADR、行政機関・行政関連機関が行う行政型ADR、弁護士会や各種団体など民間事業者が行う民間型ADRがあります。政府広報オンラインも、民間ADR事業者には弁護士会などの士業団体、業界団体、消費者団体、NPO法人などがあり、各分野の専門的知見を利用できることを特徴として説明しています。
医療ADRとは、医療事故、医療過誤、診療経過の説明、カルテ開示、死亡原因・後遺障害原因の説明、損害賠償、医療機関と患者の関係調整など、医療に関する紛争を対象とするADRです。
たとえば東京三弁護士会では、2007年9月から、医療に関するトラブルについて、医療紛争の経験が豊富な弁護士があっせん人となる医療ADRを実施していると案内しています。患者側代理人経験が豊富な弁護士、医療側代理人経験が豊富な弁護士が関与する体制も紹介されていますが、これらの弁護士は患者側・医療側の味方としてではなく、中立・公正な第三者として話合いの交通整理や調整を行うものとされています。
医療事故は、医療の過程で患者に予期しない死亡、傷害、後遺障害、悪化等が生じた事象を広く指す言葉として使われます。ただし、医療事故という言葉には、医療者に法的過失がある場合だけでなく、不可避の合併症、偶発的な経過、説明不足、組織的な安全管理上の問題などが含まれ得ます。
医療過誤は、一般に、医療者または医療機関に注意義務違反があり、その違反によって患者に損害が生じた場合を指す言葉として使われます。法律上は、損害賠償請求の根拠として、不法行為責任や債務不履行責任が問題になります。
法務省の民法改正に関する資料も、損害賠償責任には、不法行為責任と債務不履行責任という二つの枠組みがあることを説明し、病院での手術ミスで後遺症が残った場合を債務不履行責任の例として挙げています。
医療紛争とは、医療行為をめぐって患者側と医療機関側の認識・評価・要求が対立している状態をいいます。医療過誤が法的に認められる場合もあれば、法的過誤までは認められないが説明不足や感情的対立が深刻化している場合もあります。
医療ADRが対象にしやすいのは、まさにこの「医療紛争」の段階です。まだ訴訟にするか決めきれていない、医療機関の説明を聞きたい、カルテを開示してほしい、金銭請求も検討しているがまず争点を整理したい、という場面で利用が検討されます。
あっせん・調停は、中立的第三者が当事者の話合いを支援し、合意形成を促す手続です。第三者が当事者に解決を強制するものではありません。
仲裁は、当事者があらかじめ仲裁判断に従うことを合意し、第三者である仲裁人が判断を示す手続です。医療ADRと呼ばれる手続の中でも、機関によって「あっせん」「調停」「仲裁」の位置づけや名称が異なります。申立て前に、その機関の手続規程を確認する必要があります。
「かいけつサポート」とは、法務大臣の認証を受けた民間ADR事業者が行うADRの案内制度です。政府広報オンラインは、かいけつサポートについて、ADR法で定められた基準をクリアしているかを法務省が審査し、基準を満たす事業者を法務大臣が認証する制度と説明しています。
法務省の「かいけつサポート」サイトは、認証ADRについて、調停人・あっせん人が中立的第三者として仲介し、トラブル解決について合意できるよう話合いや交渉を促進し、利害を調整する手続と説明しています。また、認証ADR事業者による調停・あっせんには、時効の完成猶予や、成立した和解合意への執行力付与といったメリットがあると案内していますが、一部例外があり、詳細は認証ADR事業者に問い合わせる必要があるとされています。
ここで重要なのは、すべての医療ADRに同じ法的効果が自動的に生じるわけではないということです。認証の有無、対象業務の範囲、具体的な手続、和解の内容、改正法の適用関係などを確認しなければなりません。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
医療紛争の解決手段は、医療ADRだけではありません。混同されやすい制度を整理します。
次の比較表は、この章の情報を項目ごとに整理したものです。違いを横並びで確認すると、どの点を優先して見るべきかを読み取れます。
| 手段 | 主な目的 | 第三者 | 強制力・判断 | 向いている場面 | 注意点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 医療ADR | 話合いによる合意形成 | あっせん人・調停人等 | 原則として合意が必要 | 説明、カルテ開示、損害賠償、再発防止、関係調整 | 相手方が参加しないと進まない。法的責任の確定手続ではない。 |
| 民事訴訟 | 権利義務の判断 | 裁判官 | 判決に強制力 | 損害賠償責任を法的に確定したい | 時間・費用・立証負担が大きい。 |
| 裁判所の民事調停 | 裁判所での話合い | 調停委員会 | 合意すれば調停成立 | 裁判所関与の下で合意したい | 医療専門性の確保は事案により異なる。 |
| 直接交渉 | 当事者間の解決 | なし、または代理人 | 合意が必要 | 関係が比較的良好、争点が明確 | 感情的対立や情報格差が大きいと停滞しやすい。 |
| 医療事故調査制度 | 医療事故の原因分析・再発防止 | 医療事故調査・支援センター等 | 損害賠償を決める制度ではない | 医療法上の対象事故、死亡事例等 | 患者側の賠償請求手続ではない。 |
| 医療安全支援センター等への相談 | 苦情・相談・情報提供 | 行政・相談機関 | 仲裁判断ではない | まず相談したい、窓口を知りたい | 損害賠償交渉の代理は通常しない。 |
訴訟では、証拠に基づいて事実認定が行われ、法的責任、損害額、因果関係が審理されます。判決が確定すれば強制執行の基礎となります。
一方、医療ADRは、証拠に基づいて法的責任の有無を明確に認定する手続ではありません。東京弁護士会のQ&Aも、訴訟では証拠に基づいて事実や法的責任の有無を審理・認定するのに対し、医療ADRでは損害賠償以外の事項についても話し合うことができ、当事者間の自主的な紛争解決を支援すると説明しています。
この違いは非常に重要です。患者側が「病院の過失を公的に認定してほしい」と考える場合、医療ADRだけでは目的を達成できない可能性があります。逆に、「裁判で白黒をつける前に、医師から説明を聞きたい」「病院側の認識を知りたい」「一定の金銭解決も含めて話し合いたい」という場合には、医療ADRが実務的に適することがあります。
医療事故調査制度は、医療法に基づき、医療事故の再発防止を目的として設けられた制度です。厚生労働省は、医療事故調査制度について、医療機関が院内調査を行い、第三者機関である医療事故調査・支援センターが報告を収集・分析することで再発防止につなげる制度と説明しています。
したがって、医療事故調査制度は、患者側と医療機関側の損害賠償額を決める手続ではありません。死亡事故などの原因究明や再発防止に関係する制度であり、民事上の賠償・謝罪・和解条件を調整する医療ADRとは目的が違います。
医療安全支援センターは、患者・家族からの苦情や相談に対応し、医療機関への助言、情報提供、研修などを行う機能を持ちます。医療安全に関する相談窓口として有用ですが、一般に、患者側の代理人として損害賠償請求を行ったり、法的判断を示したりする機関ではありません。
「まずどこに相談すればよいかわからない」という段階では、医療安全支援センターや自治体相談窓口が入口になり得ます。しかし、医療過誤として損害賠償、時効、証拠保全、ADR申立てを検討する段階では、弁護士相談やADR機関への確認が必要になります。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
医療過誤で損害賠償を求める場合、典型的には次の要素が問題になります。
患者側から見ると、「あの治療の後に悪くなった」「説明と結果が違う」「別の病院では違うと言われた」という経験が出発点になります。しかし、法律上は、悪い結果が出たことだけで直ちに医療過誤とはなりません。医療には不確実性があり、合併症や偶発的経過も存在します。
他方、医療機関側から見ると、「結果は残念だったが医学的には標準的な対応だった」「説明はしていた」「記録上も問題はない」という認識があることも珍しくありません。この認識差を、第三者の前で整理するのが医療ADRの実務的価値です。
医療過誤の判断では、「結果が悪かったか」ではなく、「その時点で、当該医療機関・医療者に期待される医療水準に照らして、すべきことをしなかった、またはしてはならないことをしたか」が問題になります。
たとえば、検査を行うべきだったか、鑑別診断を尽くすべきだったか、専門医へ紹介すべきだったか、手術適応の判断が妥当だったか、術前説明が十分だったか、術後管理・急変対応が適切だったか、薬剤投与量や禁忌確認に問題がなかったか、という形で整理されます。
医療過誤事件で特に難しいのが因果関係です。仮に医療機関側の対応に問題があったとしても、その問題がなければ死亡や後遺障害を避けられたのか、症状悪化を防げたのか、どの程度の可能性があったのかが争われます。
医療ADRでは、厳密な証拠認定を行う手続ではないため、因果関係が完全に立証できない段階でも話合いは可能です。ただし、金銭解決を求める場合には、因果関係の見通しが弱いと、医療機関側が支払に応じにくくなります。
損害には、治療費、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料、休業損害、逸失利益、介護費用、葬儀費用、弁護士費用相当額などが含まれ得ます。ただし、どの損害がどの範囲で認められるかは、過失、因果関係、年齢、職業、収入、後遺障害の程度、死亡との関係、既往症、基礎疾患などにより大きく変わります。
医療ADRでは、訴訟基準どおりの損害額を機械的に計算するだけでなく、説明、再発防止、資料開示、謝罪・遺憾表明、一定額の解決金などを組み合わせた柔軟な解決が検討されることがあります。
医療ADRを検討するうえで、時効は最重要論点の一つです。法務省の資料によれば、2020年4月1日施行の民法改正により、人の生命または身体が侵害された場合の損害賠償請求権について、不法行為責任と債務不履行責任の双方で、権利行使期間を長くする特例が設けられました。具体的には、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権について、不法行為・債務不履行のいずれでも、損害及び加害者を知った時、または権利を行使できることを知った時から5年、不法行為の時または権利を行使できる時から20年と説明されています。
しかし、個別事件では、いつ「損害及び加害者を知った」といえるか、改正民法の適用関係、死亡・後遺障害・再治療・説明時期との関係、未成年者・相続人・代理人の問題、催告や交渉の影響、認証ADRの時効完成猶予の有無などが絡みます。
特に注意すべきなのは、医療ADRの申立てだけで常に時効が止まるとは限らないことです。東京弁護士会の医療ADR Q&Aでは、裁判所の手続とは異なり、医療ADRの申立てには時効中断の効力がない旨が案内されています。 なお、現在の民法では「時効中断」ではなく「時効の完成猶予・更新」という用語整理がされていますが、実務上は、利用予定のADR機関の最新規程と認証状況を確認する必要があります。
認証ADR一般については、法務省のかいけつサポートが、一定の場合に時効の完成猶予等の法的効果が付与されると説明しています。 しかし、これは「すべての医療ADRで、すべての請求について、申立てさえすれば安全」という意味ではありません。時効が近い場合は、ADR申立て前に弁護士へ相談し、訴訟提起、民事調停、催告、認証ADRの活用、和解書の作成方法などを含めて時効管理を行うべきです。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
医療ADRが比較的向いているのは、次のようなケースです。
東京弁護士会の患者・家族向けQ&Aでも、医療ADRは金銭請求だけでなく、診療経過や死因・後遺障害の原因について説明を求める申立て、カルテ開示を求める申立てにも利用できると説明されています。
一方、次のようなケースでは、医療ADRだけに頼ると危険です。
医療ADRは、当事者に参加や解決を強制する手続ではありません。東京弁護士会の医療機関・医師向けQ&Aも、医療ADRは参加や解決を強制する手続ではなく、話合いにより紛争解決を目指す機会であると説明しています。
また、患者側向けQ&Aでも、相手方に出席を強制することはできず、それでも出席しないときはそれ以上手続を進めることはできないとされています。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
医療ADRで医療過誤トラブルを解決する手続きでは、申立書を出す前の準備が結果を大きく左右します。準備不足のまま「とにかく病院に謝ってほしい」「賠償してほしい」と申し立てると、争点がぼやけ、相手方も対応しにくくなります。
最初に作るべき資料は、事実経過表です。形式は複雑でなくて構いませんが、次の項目を時系列で整理します。
次の比較表は、この章の情報を項目ごとに整理したものです。違いを横並びで確認すると、どの点を優先して見るべきかを読み取れます。
| 日時 | 場所・診療科 | 関与者 | 出来事 | 説明された内容 | 患者側の疑問 | 関連資料 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 例 ― 2025年4月1日 | A病院 救急外来 | 医師B | 発熱と腹痛で受診 | 胃腸炎の疑いと説明 | CT検査が必要だったのではないか | 診療明細、処方箋 |
| 例 ― 2025年4月2日 | A病院 | 医師C | 症状悪化、再受診 | 経過観察と説明 | 入院判断が遅れたのではないか | 診療録、検査結果 |
事実経過表では、感情的な表現よりも、日時、発言、検査、処方、説明、同意、症状変化、転院、後遺障害、死亡、医療機関とのやり取りを分けて記載します。
よくない書き方は、「最初から病院は隠蔽していた」「医師は絶対にミスをした」と断定する形です。もちろん患者側が強い疑念を持つことは自然ですが、申立書では、断定よりも「どの事実について、どのような説明を求めるのか」「どの点が当時の医療水準に照らして疑問なのか」を明確にした方が、ADRでの話合いが進みやすくなります。
カルテ、看護記録、検査結果、画像、紹介状、退院サマリー、説明同意書、手術記録、麻酔記録、投薬記録などは、医療ADRでも重要です。
東京弁護士会の患者・家族向けQ&Aは、医療ADRの申立てにカルテのコピーが必須ではないとしつつ、診療内容を知るために有益な資料であり、入手している場合には提出されることが多いと説明しています。
資料を集める際には、次の点に注意します。
医療ADRの申立てでは、次の三層を分けると整理しやすくなります。
たとえば、「母が急変して死亡した。お金が目的ではなく、第三者立会いの場で死因について説明を受けたい」という申立ては、金銭請求を中心としない医療ADRの典型例です。東京弁護士会のQ&Aも、医療ADRでは診療経過や死因・後遺障害の原因について説明を求めて申し立てることができると説明しています。
医療ADRは、本人申立てが想定される場合もあります。しかし、次のような場合は、申立て前に弁護士相談を強く検討すべきです。
弁護士相談では、「医療ADRを使うべきか」だけでなく、「先に証拠保全をすべきか」「カルテ開示請求をどう行うか」「時効完成猶予をどう確保するか」「医療機関側の説明をどう評価するか」「申立書に何を書くべきか」を確認します。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
申立書の様式は、ADR機関ごとに異なります。東京弁護士会では、医療ADRの申立てについて、申立書、証拠資料、法人の場合の代表者事項証明書または履歴事項全部証明書、個人情報の取扱いに関する書面、代理人が就く場合の委任状などを必要書類として案内しています。
一般に、申立書には次の内容を記載します。
患者本人、相続人、家族、医療機関、医師、法人名、住所、連絡先などを記載します。患者が死亡している場合は、誰が申立人となるか、相続人全員の関係はどうなっているかを確認する必要があります。
紛争の概要は、短く、客観的に書きます。
例 ―
何を求めるのかを明確にします。
例 ―
事実経過は、できるだけ時系列で書きます。医療記録と患者側の記憶が違う場合は、両者を分けて記載します。
例 ―
このように分けると、ADR期日で確認すべきポイントが明確になります。
疑問点は、医学的・法的に評価しやすい形に分解します。
例 ―
資料名、作成日、作成者、証明したい内容を一覧化すると有用です。
次の比較表は、この章の情報を項目ごとに整理したものです。違いを横並びで確認すると、どの点を優先して見るべきかを読み取れます。
| 資料名 | 作成日 | 作成者 | 関連する争点 |
|---|---|---|---|
| 救急外来診療録 | 2025年4月1日 | A病院 | 初診時症状、検査実施の有無 |
| 血液検査結果 | 2025年4月2日 | A病院 | 感染兆候、炎症反応 |
| 家族の面談メモ | 2025年4月5日 | 申立人 | 医師説明の内容 |
患者側が口頭説明に不安を感じる場合、あっせん人に配慮を求めることも検討できます。東京弁護士会のQ&Aは、あっせん人が、申立人・相手方双方が自分の意見を適切に述べられるよう配慮すると説明しています。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
ADR機関は、申立てを受理すると、相手方へ手続開始を連絡します。相手方が参加に合意しなければ、手続は実質的に進みません。政府広報オンラインも、ADR一般について、相手方が手続開始に応じないとADR手続は行われないと説明しています。
医療ADRでも同じです。相手方の参加が任意である以上、申立書は相手方が「出席して説明した方がよい」「第三者を入れて話し合う意味がある」と感じる内容に整える必要があります。
あっせん人・調停人は、裁判官のように一方的な判決を下す役割ではありません。中立的な立場で、争点整理、発言の交通整理、資料の確認、合意可能性の探索、解決案の調整を行います。
東京三弁護士会の医療ADRでは、患者側代理人経験が豊富な弁護士、医療側代理人経験が豊富な弁護士が関与する体制が説明されていますが、いずれかの当事者を助けるものではなく、中立・公正な立場で調整を行うとされています。
この点は、患者側にも医療機関側にも重要です。患者側代理人経験者がいるから患者側の味方になるわけではなく、医療側代理人経験者がいるから医療機関側の味方になるわけでもありません。
医療ADRの期日では、まず、患者側が何に納得できていないのか、医療機関側がどのような認識を持っているのかを整理します。
東京弁護士会のQ&Aは、期日の進め方について、まず両当事者の「対話の促進とそれによる相互理解」に向けて話合いの交通整理を行い、その後、解決に向けた機運が生まれれば、具体的な合意形成の調整を行うと説明しています。
この第1段階では、患者側が「謝罪してほしい」と考えていても、その前に、医療機関側の診療経過説明、検査判断、治療選択、説明内容、記録の意味を確認することが多くなります。
対話により、一定の共通認識が形成されると、具体的な解決条件を話し合います。
合意条件には、次のようなものがあります。
東京弁護士会のQ&Aでは、和解解決事件の統計として、平均期間5〜6か月、期日回数3〜4回の話合いで解決していると説明されています。 ただし、これは特定機関の説明であり、事案の複雑さ、相手方の対応、資料量、医学的争点、関係者数、相続人間の調整、保険会社対応などで変わります。
医療ADRを利用する際は、「1回で終わる説明会」でも「何年も続く裁判」でもなく、数回の期日を通じて合意可能性を探る手続だと理解しておくと現実的です。
近年は、Zoom等を利用したオンライン期日に対応するADR機関もあります。東京弁護士会も、医療ADRについてオンライン期日に対応していると案内しています。
オンライン期日は、遠方の患者家族、勤務医、代理人、保険会社担当者が参加しやすい利点があります。他方で、感情的な説明、死亡事案、複数人の発言整理には対面の方が適する場合もあります。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
医療ADRの大きな利点は、判決では命じにくい内容も含めて、柔軟な合意が可能な点です。
患者側が最も求めているのは、金銭よりも説明であることがあります。たとえば、次の事項です。
説明合意では、口頭説明だけでなく、文書回答、資料添付、再面談の実施、専門用語を避けた説明などを定めることがあります。
カルテ、看護記録、検査結果、画像、説明同意書、手術記録、麻酔記録などの開示が合意されることがあります。
ただし、医療機関内部のインシデントレポート、事故調査資料、医療安全管理資料などは、開示対象や法的性質について争いが生じやすい資料です。どの資料をどこまで開示するかは、個別に整理が必要です。
医療ADRでは、医療機関が法的責任を全面的に認める「謝罪」だけでなく、説明不足への遺憾表明、患者の苦痛への弔意・お見舞い、再発防止への姿勢表明など、さまざまな文言が検討されることがあります。
医療機関側は、謝罪文言が法的責任の承認、保険対応、将来の訴訟資料になることを懸念する場合があります。患者側は、責任を曖昧にした形式的な文言では納得できない場合があります。この文言調整は、医療ADRの重要な実務ポイントです。
再発防止策として、次のような内容が合意されることがあります。
再発防止策は、患者側にとって「同じことを繰り返してほしくない」という思いに応える重要な要素です。ただし、医療機関の内部管理事項であり、具体的な実施可能性、個人情報、医療安全資料の扱いに配慮する必要があります。
金銭解決では、損害賠償金、解決金、見舞金、医療費返還、葬儀費用相当額、交通費、休業損害等の名目が問題になることがあります。
法的責任を認めるか否か、支払名目をどうするか、税務上の扱い、保険会社の承認、支払期限、遅延損害金、分割払い、振込手数料など、細部まで詰める必要があります。
和解書では、「本件に関し、当事者間に本和解条項に定めるほか何らの債権債務がないことを相互に確認する」という清算条項が入ることがあります。
これは解決を確定させるためには重要ですが、患者側にとっては将来の追加請求を放棄する重大な意味を持ちます。後遺障害の程度が確定していない、将来治療費が不明、相続人全員の同意がない、別の医療機関の責任も疑われる、といった場合は慎重な検討が必要です。
医療ADRは非公開で行われることが多く、和解条項に守秘義務が入ることがあります。医療機関側は、風評被害や個人情報保護の観点から守秘義務を求めることがあります。患者側は、家族、主治医、弁護士、税理士、社会保険関係、行政機関など、必要な範囲で情報共有できるよう例外を設ける必要があります。
ADRで和解が成立しても、和解書だけで直ちに強制執行できるとは限りません。認証ADRにおける特定和解、仲裁手続、公正証書、裁判上の和解、調停調書など、強制執行可能性を確保する方法は複数あります。
法務省のかいけつサポートは、認証ADR事業者による調停・あっせんには、成立した和解合意への執行力付与といったメリットがあると説明していますが、一部例外があるとしています。 一方、東京弁護士会の医療ADR Q&Aは、医療ADRの和解契約書に執行力を付すためには仲裁手続とする必要があると案内しています。
したがって、支払額が高額な場合、分割払いの場合、履行不安がある場合は、和解成立前に「この和解書で不履行時にどう回収できるのか」を必ず確認してください。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
費用はADR機関によって異なります。東京弁護士会の例では、手続費用として申立手数料、期日手数料、成立手数料が必要とされ、申立手数料11,000円、期日手数料は申立人・相手方それぞれ5,500円、成立手数料は解決額に応じて算定されると案内されています。また、相談内容によっては鑑定料、出張交通費、日当等の実費が別途必要になる場合があるとされています。
医療ADRを検討する際の費用項目は、次のとおりです。
「裁判より安い」と言われることがありますが、医療事件では資料収集や医学的検討に費用がかかることがあります。特に高額賠償を求める場合、弁護士費用や医学意見の取得費用が必要になる可能性があります。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
医療過誤トラブルでは、最終的に訴訟を選択する事案もあります。医療ADRを選ぶか訴訟を選ぶかは、医事関係訴訟の負担と見通しを理解したうえで検討する必要があります。
最高裁判所は、医事関係訴訟について、平成13年7月に医事関係訴訟委員会を設置し、鑑定人候補者の早期選定や医事紛争事件に関する意見聴取などを目的としていると説明しています。 これは、医事訴訟が専門性の高い分野であることを示しています。
最高裁判所の医事関係訴訟統計では、令和6年(2024年)速報値として、医事関係訴訟事件の新受件数は661件とされています。 また、医事関係訴訟事件の平均審理期間は令和6年速報値で24.7か月、同年の地裁民事第一審通常訴訟事件は9.2か月と示されています。
同統計では、令和6年速報値の医事関係訴訟事件における終局区分として、和解51.0%、判決37.2%、その他11.7%が示されています。 さらに、認容率について、令和6年速報値では医事関係訴訟事件の認容率17.5%が示されています。ここでいう認容率は、判決総数に対して認容(一部認容を含む)件数が占める割合です。
これらの数字は、患者側に「訴訟は勝てない」と言うためのものではありません。むしろ、医療訴訟では、専門的な立証、時間、費用、心理的負担、和解可能性を踏まえ、訴訟とADRのどちらが目的に合うかを冷静に検討する必要があることを示しています。
次の横棒グラフは、医事関係訴訟統計の主要な割合を整理したものです。割合の大きさを見比べることで、訴訟とADRの使い分けを考える材料になります。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
患者側は、「謝罪してほしい」「真実を知りたい」「お金を払ってほしい」「再発防止をしてほしい」という複数の思いを持つことがあります。医療ADRでは、それらを全部同じ強さで主張すると、話合いが散漫になります。
まずは、目的を次のように分けます。
この整理をしておくと、ADR期日であっせん人が合意可能性を探りやすくなります。
医療紛争では、患者側の怒り、悲しみ、不信感は当然に生じ得ます。しかし、申立書で感情だけを前面に出すと、医療機関側は防御的になり、話合いが進みにくくなることがあります。
感情を事実化するとは、次のように書き換えることです。
この書き方は、医療機関側に甘い態度を取るという意味ではありません。第三者が論点を把握し、相手方が回答しやすい形にするための技術です。
医療ADRに出席した医療機関が、必ず賠償金を支払うわけではありません。東京弁護士会の患者側Q&Aも、相手方が診療経過や適切な医療であったことを説明したいだけで、金銭を支払う意向がない場合、申立人が説明だけでは納得できず相手方の意向も変わらなければ、手続は終了すると説明しています。
したがって、患者側は、次の分岐をあらかじめ考えておく必要があります。
患者側が求める謝罪には、複数の意味があります。
医療機関側が応じやすいのは、共感、弔意、説明不足への遺憾表明です。法的責任を認める謝罪は、保険、訴訟リスク、院内責任、行政対応に関係するため慎重になります。
患者側は、「どの意味の謝罪を求めているのか」を明確にすることで、合意可能性を高めることができます。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
医療ADRは、患者側だけの手続ではありません。東京弁護士会の医療機関・医師向けQ&Aも、医療機関側から申立てをすることができるとし、過失の存在自体は争わずに適切な損害賠償額について話し合う目的、第三者立会いの下で医療行為の説明を行う目的、患者との関係調整の目的などを挙げています。
医療機関側がADR申立てを受けた場合、参加するかどうかは重要な経営・法務判断です。参加のメリットは、次のとおりです。
一方、参加のリスクや注意点もあります。
担当医が必ず出席しなければならないわけではありません。東京弁護士会の医療機関・医師向けQ&Aも、担当医の出席は必須ではないが、担当医が直接説明する方が適している場合など、事案に応じて担当医が出席した方が解決に資する場合があると説明しています。
実務上は、担当医、診療科責任者、医療安全管理者、事務部門、代理人弁護士、保険会社担当者の誰が出席するかを、事案ごとに検討します。
医療機関側は、ADR期日に先立ち、次の事項を準備します。
医療機関側が「医学的には問題ない」とだけ説明しても、患者側の疑問が解消されないことがあります。患者側が知りたいのは、医学的結論だけでなく、「なぜその時点でそう判断したのか」「他の選択肢はなかったのか」「リスクは説明されたのか」です。
東京弁護士会の医療機関・医師向けQ&Aは、医療ADRは裁判とは異なり非公開の手続であり、傍聴人がいることはなく、医療ADRが行われていること自体も非公開であると説明しています。
ただし、非公開であることと、当事者が入手した資料・発言が後日どのように扱われるかは別問題です。後日の訴訟、院内調査、保険対応、行政対応を見据え、議事メモ、提出資料、説明文書、和解案の管理を慎重に行う必要があります。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
このページの想定読者には、「医療ADRを使うべきか」「弁護士に相談すべきか」「どんな弁護士を選ぶべきか」を知りたい人が含まれます。
医療ADRは本人でも利用し得る手続ですが、弁護士が関与する意味は大きいです。特に医療過誤事件では、医学的論点と法的論点を区別しなければ、話合いの焦点が定まりません。
医療ADRにおける弁護士の支援は、次のようなものです。
医療ADRや医療過誤に関する相談では、次のような点を確認するとよいでしょう。
弁護士相談には、可能な範囲で次の資料を持参します。
相談時には、次の質問をすると実務的です。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
医療ADRで和解が成立する場合、最終的には文書化が重要です。口頭で「これで終わりにしましょう」と合意しただけでは、後日トラブルになりやすいからです。
患者本人、相続人、医療法人、病院、医師個人、保険会社の関係を正確に整理します。医療法人が相手なのか、医師個人も当事者に含むのか、相続人全員が合意しているのかを確認します。
「本件医療事故」「本件診療契約」などの表現だけでは曖昧な場合があります。対象となる診療日、診療科、入院期間、手術、急変、死亡、後遺障害を特定します。
支払金額、名目、支払期限、振込先、振込手数料負担、遅延時の扱い、分割払いの場合の期限の利益喪失条項などを定めます。
どの資料を、いつ、どの形式で開示するかを定めます。口頭説明を行う場合は、日時、場所、参加者、説明対象、録音の可否、議事録作成の有無を検討します。
謝罪文言は、法的責任を認めるものか、説明不足への遺憾表明か、弔意・お見舞いかを明確にします。曖昧な文言は、後日の解釈争いを生む可能性があります。
再発防止策を定める場合は、抽象的に「再発防止に努める」とするのか、具体的に「院内研修を実施する」「説明文書を改訂する」などとするのかを検討します。
守秘義務には例外を設けることが重要です。たとえば、弁護士、税理士、医師、行政機関、裁判所、保険会社、家族、相続人、法令上開示が必要な場合などです。
清算条項は、紛争を終局させるために重要です。しかし、患者側にとっては、将来の請求を制限する強い効果があります。後遺障害が未確定の場合や、将来治療費が不明な場合には、留保条項の要否を検討します。
支払がされない、資料が開示されない、説明が行われない場合にどうするかを定めます。強制執行可能性を確保する必要がある場合は、認証ADRの特定和解、仲裁、公正証書、裁判上の和解などを検討します。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
医療ADRでは、裁判のような勝敗だけでなく、到達点を設計することが重要です。
到達点の例 ―
医療紛争では、不満が多岐にわたりがちです。しかし、すべてを同時に争点化すると、ADRが停滞します。まずは、主要争点を3〜5個程度に絞ることが実務的です。
例 ―
医学的論点は、検査、診断、治療、説明、因果関係です。感情的論点は、不信感、怒り、悲しみ、納得できなさです。どちらも重要ですが、混ぜると相手方が回答しにくくなります。
「医療機関の態度が許せない」という感情は、具体的には「説明が遅かった」「質問に答えなかった」「記録を開示しなかった」「謝罪がなかった」という事実に分解できます。
医療ADRの利点は、訴訟より柔軟かつ迅速な解決を目指せる点です。しかし、早く終わらせたいあまり、資料がそろっていない、損害が確定していない、後遺障害の見通しが不明な段階で清算条項に署名すると、後で取り返しがつかないことがあります。
特に、後遺障害が残る事案、将来治療が必要な事案、死亡事案、相続人が複数いる事案では、早期解決と権利保全のバランスを慎重に考える必要があります。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
以下は、実際の申立書そのものではなく、記載方針を示すための簡略モデルです。各ADR機関の指定様式に合わせ、個別事情に応じて修正してください。
制度・準備・争点・合意条件を一般情報として整理します。
医療ADRで医療過誤トラブルを解決する手続きは、医療紛争を裁判だけに委ねず、専門性を持つ中立的第三者の関与のもとで、対話、説明、資料開示、再発防止、損害賠償、関係調整を組み合わせて解決を目指す制度です。
医療過誤トラブルでは、患者側の疑問や苦痛は深刻です。一方で、医療機関側にも、医療の不確実性、専門性、説明責任、職員の負担、保険対応、法的責任の有無といった複雑な事情があります。医療ADRは、この対立を単純な勝敗に還元せず、第三者の場で整理する手段として意味があります。
しかし、医療ADRは万能ではありません。相手方の参加は任意であり、賠償金の支払を当然に命じるものではなく、法的責任を確定するものでもありません。時効、証拠保全、カルテ開示、和解書の清算条項、執行力の有無を誤ると、重大な不利益が生じる可能性があります。
したがって、医療ADRを検討する人は、まず事実経過と目的を整理し、必要資料を確保し、利用予定のADR機関の手続・費用・認証状況を確認し、重大事案では早期に弁護士へ相談することが重要です。
医療ADRの本質は、「裁判を避けるための妥協」ではありません。適切に使えば、医療紛争における情報格差、感情的対立、医学的専門性、法的リスクを整理し、当事者が納得可能な解決に近づくための、実務的で専門的な選択肢になり得ます。
参加・賠償・時効のよくある疑問を整理します。
一般的には、説明や資料開示、再発防止の点で有用な可能性があります。ただし、法的責任を判決として確定する手続ではありません。
一般的には任意参加の手続とされています。相手方が応じない場合、別の手段を検討する必要があります。
常に止まるとは限りません。認証ADRの扱いや請求内容によって異なるため、時効が近い場合は弁護士等へ相談する必要があります。
制度理解に用いた公的・中立的資料です。